第14話 強引な休み

「おい、なんでまた居るんだよ」


 扉を開けた先に爽やかな笑顔を浮かべて立っていたヨシュアを睨みつけ、俺は心底ウンザリした声を発する。なんだか昨日とデジャビュのある光景だ。不信感を隠しもしないそんな俺の表情に、これといって気分を害した様子もなく、ヨシュアは平然と口を開く。


「どこかの分らず屋が碌に療養もせずに歩き回ったりしないか、心配で見に来たんだ。そしたら案の定だよ。イーライ、君は昨日医者に『暫く療養に専念するように』と言われたのを聞いていなかったのか?」


 いや、ちゃんと聞いてたわ。ただ、従う気がないだけで。だって俺、どうせ休みないもん。1年の休暇を貰った前回だって、お前にしかできないからと討伐をやるよう任されほぼほぼ休めなかった。ましてや今回は褒美はヨシュアを愛人に所望して反感を買うのに使ってしまって休みは貰えてないし、なんなら態と悪印象を植え付けたのが祟って嫌がらせの為に前の何倍もハードな過密スケジュールを断行される気がする。そうでなくともあの祝勝パーティー以来、もう2日も無断で王に会っていない。一日と開けずに言われるがままハイハイ命令を聞き続けていたこれまでを思えば、これは由々しき事態だ。いい加減あっちも俺に命令したくてウズウズしてると思うんだが。


 しかし、何を思ったのか俺の言葉を聞くや否や一転して顰めっ面をしたヨシュアは、俺の腕を掴み今しがた出てきた部屋に押し込んだではないか。そのまま続いて自分も入室し、扉の前で通せんぼしながら鍵をかけ、オマケに魔法で封印まかけやがる始末。俺は魔物の攻撃に有効な聖魔法はふんだんに使えるが、こういう日常で必要な魔法はてんで駄目だ。かける事も解く事も両方できない。壁でも壊して破ってやろうかと考えるが、それを見越したように部屋全体に魔法をかけられてしまえばもうどうしようもなくなる。ご丁寧に俺達の諍いに巻き込まないように室内に居た侍従達を部屋の外に転移させ、そこでようやくヨシュアは満足気にこう言うのだ。


「さて、これで心置きなく休めるな!」

「いや、休める訳ねぇだろ。巫山戯んな」

「ん? どうしてだ? ここは君の自室だから心置きなく寛いでいい場所だし、私が居て気が散るなら隣の部屋に居よう。何でも用があったら呼ぶといい。必要な薬も準備してある。食事や娯楽、何か欲しいものがあれば全部揃えよう。これでも休めないと言うなら何が不満なんだ? 遠慮なく言ってくれ。全力で問題を解消するから」

「あのなぁ、お前分かってて態とやってるだろ。例え休める環境があっても、俺には休む為の時間がねぇの! お前の立場ならその事知らねぇわけねぇだろうに、これは一体なんのマネだ?」


 俺をここに閉じ込めたって、俺のやらされる仕事自体が消えない限り取り掛かるのが遅くなるだけで問題自体は解消されない。全部が全部、全くの無駄だ。ただ時間を無為に浪費するだけに過ぎない。いいから結界を解け、俺を自由にしろ。そう言って睨みつける俺に、ヨシュアはとんでもない事を言い出す。


「ああ、それなら心配要らない。君の休暇ならもう陛下から許可をいただいているから」

「はぁ!? 許可をいただいたって……そんな訳あるか! 俺はそんな事、陛下には一言も頼んでないんだぞ!? 頼みもしないのに、許可が出るわけないだろう! 見え透いた嘘をつくんじゃない!」

「酷いな、本当の事なんだから疑わないでくれよ。祝勝パーティーの日、本来なら君に続いてイーライ以外の討伐隊のメンバーも褒美を貰う予定だったからね。私の分の褒美を使って君の休暇をもぎ取ったんだ」

「なんで、そんな事……」

「別に、私がしたいと思ったからしたまでさ。私の力をもってすれば大抵の願いは思いのままだ。そうそう不可能なんてない。態々陛下に頼んでまでしなくては叶わない事はないんだ。でも、だからって願いを叶えてくれるという陛下のご好意を無駄にはできないだろう? それなら、私の一存では決められない君の休みを叶えてもらうのが咲最適だ。有効活用ってやつだよ。色々条件はつけられたし、後押しに多少実家の力も使ったが、それも全て許容範囲内。だから、イーライは好きなだけ療養に専念するといい。一生休んでもらったって、私は構わないくらいだ」

「……勝手な事、しやがって……」

「ああ、本人の君に許可も取らずに済まない。でも君、本当に体調悪いだろ? 今もかなり無理してる。魔力の加減で血流をコントロールして顔色を誤魔化してるのは流石だけど、それは体に負担がかかるからもうやって欲しくないな。後、重心がかなり不安定になってる。気持ちが悪いのか、感覚が鈍ってるのか、あるいはその両方か……。何にせよ、実力者の君がそれを隠し切れていない時点で本調子じゃない事は明らかだ。そうやってイーライが無理する事を思ったら、こうして騙し討ちで休ませるのを迷わなかったんだ」

「……」


 確かに体調は悪い。前の起き上がるのもままならないような状態を思えばまだマシだが、それでも立っているのも辛い程度には全身がボロボロである事に変わりはない。医学の素養は皆無の俺でも、感覚的にか本能だかで己の体がもう限界だと全力で悲鳴を上げているのを感じている。


 だが、ここで泣き言を言ってもどうせ周囲からは適当に流されるだけ。むしろ文句を言える程度には元気があるんだな、と適当に流されるのが目に見えている。それどころか不平不満を言う暇は愚か自分の体の限界に頓着する暇すらも俺は与えられていない。だから、今日も頑張らなきゃ。魔法で感覚を鈍らせようが、目眩が酷くて吐きそうだろうが、何としても。俺は前に進み続ける事しか許されていない。……筈だったのに。つい今しがた、ヨシュアに君の休みをもぎ取った、と言われるまでは。


「よし、もう反論はないな? そしたら君はそこの椅子に座るか、辛かったらベッドに戻るといい。私は朝の分の薬の用意をしてから行くよ。あ、他に欲しいものはあるか?」

「え……。ない、けど……」

「それなら、ゆっくり休んで英気を養っていてくれ。一にも二にも、休まない事には回復はしない」


 そう言ってニコリと軽く笑い俺に椅子を勧めると、ヨシュアは炊事場へ水でも汲みに行ったのか、光る魔法の残滓を僅かに残して瞬時に転移して行った。後に残された俺はその場に立ち竦んだまま、呆然とするしかない。反論の時間が用意されていないというか、拒否権すら最初からない感じで全てが決定されてしまったような気がする。


 なんだかよく分からない内に、あれよあれよと休暇が決まってしまった。なんということか。生まれてこの方なかった一度も自体である。一応前回の人生でも1年の休暇を貰いはしたが、その時は殆どベッドの上で意識をなくしているか周囲にこき使われているかだったので、ほぼほぼ休んでいたという記憶がない。


 名ばかりのあれを今の状況と同じ休憩に数え込むのは、何だか違う気がする。という事は、これが俺にとって正真正銘初めてのちゃんとした休暇。しかも話を聞く限り、俺が満足するまでなのでその期間は実質無期限である。


 ……普通なら喜ぶ所なのかもしれないが、働き詰めの人生を送ってきて最早仕事と人生が同意義となってしまっている俺としては、言葉も通じない見知らぬ外国の街中に着の身着のままで放り出されたような心細さを強く感じる。なんというか、休暇が嬉しいとか嬉しくないとか以前に、なれない状況に困惑が先に立ってしまって途方に暮れるというか……。結局俺は、ヨシュアが転移で戻ってくるまで1歩も動けず立ち竦んだまま、どうにもやるせない時間を送ったのだった。


 そうしてその日は一日ヨシュアに看病をされ、溜まった疲れのせいで殆ど気絶するように眠ったせいもあって時間は飛ぶように過ぎ……。そしてその翌日も案の定ヨシュアは当然の顔をして俺の元に看病をするという名目でやって来た。


 そうして俺の枕元で薬を用意したり、簡易的な診察をして具合を聞いてきたり。日がな一日俺の看病をして過ごしている。あなたも暇じゃないだろうにこんな事していていいのかと皮肉混じりに聞くと、君が魔物の王を倒してくれたお陰で仕事が減ったし、立場もあって自分も骨休めの為の休暇を貰えたからいいんだと笑わられてしまう。


 だったらと返す刀であまり俺のところに入り浸ると良くない噂が立つぞと脅すと、あんなに熱烈に人前で求められた以上、自分はもうとっくのとうに君の愛人のつもりだ。君は違うのか? 愛人なのは事実なのだから、噂も何もないだろう? と飄々と返され頭を抱えたくなってしまった。ここに来て己の行動が自らの首を絞めてくるとは。若しかして俺は、判断か人選のいずれかを間違えたのかもしれない……。遅まきながらそう後悔する俺だった。


 こうしてヨシュアは毎日俺の元に足繁く通い、丁寧に看病を施し優しさを振りまいて最後には後ろ髪を引かれるようにしながら帰っていく。夜半の君が心配だから泊まりたい、とごねられるのは最早毎度の事。意地になって泊まりを許容していないのは俺の方だ。今更守るべき外分は最早互いにないのかもしれないが、それでもここだけは譲れない。せめて夜くらいは1人になって、自分を見つめ直す時間を作っておかないと、長年固く護ってきたアイデンティティが崩壊しそうになるからだ。


 俺は他人に尽くし自らの何かを差し出すのには慣れているので、自己犠牲はそれこそ息をするよりも容易くできる自負があるが、その反対はてんで駄目だ。他人に優しくされ尽くされると、途端に何をしていいかわからなくなり尻の座りが悪くなってしまう。


 他人の為に生きているなんて言えば聞こえがいいが、実際のところ俺は自分の為に生きる事すら許されなかっただけのつまらない人間である。そんな俺に、ヨシュアはこうまで尽くし、優しさを与え、心を砕いてくれているのだ。ここで俺の胸中に感謝が湧き起こればただの美談で終わるのだが、悲しいかなそうはならない。


 先にも言った通り、いつもいつも相手に差し出すばかりで相手から差し出されるのには、俺は慣れていないからだ。自己犠牲とかそんなのではなく、俺にとって他人の為に働くのは当たり前と周囲から言われ続けて、今ではそうする事しかできない程度には見に染み付いたなのである。それは最早、他者から分け与えられる事ではなく、他者に分け与える事こそが当たり前すらも超越した己のあり方なのだと信じ切っていたくらいには俺にとって当然の事だった。そう、、のだ。


 俺の看病の合間合間に交わす会話の中で、ヨシュアは言う。自らが心から望んだものではない奉仕は、搾取と同じだと。俺にも世人のように当たり前に自分の為に生きる権利がある。人生の選択を、未来の展望を、その全てを決めるのは己自身の役目であり、他人からの意見を参考にする事はあっても他人から決定に介入されるいわれはない。


 枕元の椅子に座り横たわる俺の顔を真剣な表情で覗き込みながら、どこか痛ましげにヨシュアは切々とそう訴えるのだ。……俺には少し、難しい話しだ。ヨシュアの言う通りだとしたら、これまでの俺の人生は……。その先を考えるのはいささか怖い気がして、いつも思考が中途半端になってしまう。どんな反応も返せず黙り込んで無反応の俺にヨシュアはまた悲しげな顔をして、それでもどうにか安心させようと直ぐに柔らかな微笑みを向けてくれるのだった。

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