第13話 無気力なのは、仕方がない

 自室に急襲を仕掛けられたあの日、特に大騒ぎしていた王太子が居なくなった直後に、気が抜けたのか俺は一瞬意識を失った。まあ、ヨシュアに言わせれば意識を失ったんじゃなくて心身の疲労の限界が来て倒れた、というらしいが。何にせよ失っただが倒れただかした俺が次に意識を取り戻した時、目覚めたのは同じ日ながらも時刻は早朝から夕方近くになっていた。


 ボンヤリと目を覚まして見上げた天井が、戦場暮らしが長いせいで未だやや見慣れていない自分の寝室のものだと時間をかけて気がつく。意識を飛ばして知らぬ間にベッドに逆戻りしていたらしい。体を起こそうとしたが、できない。それは物理的に縛り付けられているからとかではない。ただ単に疲れ過ぎて体の節々が痛み、無茶をしたらそれだけで疲労困憊のあまりまた意識が遠のきそうで諦めたのだ。折角意識が戻っても無理に体を動かしたせいでまた倒れたら、元の木阿弥だからな。無駄な事はしたくない。


 何にせよ俺が目を覚まして身動ぎをしたら、直ぐさまそれに気がついて枕元の椅子に座っていた人物が腰を上げる。その人は騒がしくしないように注意しながらも、かなり慌てた様子で目覚めた俺の様子を伺う。それが誰かは言うまでもない。その人物とは勿論、意識を失う直前までさんざっぱら俺の心配をし続けていた、ヨシュアその人だ。


 どうして彼がそこにいるのかと思ったが、俺の顔に出ていたらしいそんな疑問を口にする前にヨシュアが先回りして、答えてくれる。聞くところによるとなんと彼は、朝から今まで俺の枕元の椅子に座って、他の誰も寄せつけずにそこでずっと俺の看病をしていたらしい。なんと献身的な事か。


 でも……何で? 俺達別に、そこまで親しくないよな? それこそ俺が倒れたからって、精々医者を手配するように侍従の誰かに支持し、医者の話をよく聞いて看病するように申しつけるくらいが精々じゃなかろうか。少なくとも態々時間の都合をつけて付きっきりになって相手の看病するような間柄ではないのは確かだ。なんなら社交辞令を含めてもまともに会話したのだって、朝の言い合いが初めてなくらいなのだから。ヨシュアの存在で困惑する俺を他所に、ヨシュアは枕元にあるサイドテーブルの上で、せっせと俺に薬を飲ませる準備を始める。


 ヨシュアはどの魔法にも長けており更には討伐隊に参加するにあたって医学も少々齧っただけあって、俺の体調不良の原因が直ぐに分かったそうだ。彼の下した診断名は『魔力過多』。どうも生来莫大な量だった俺の聖魔力は、幼い頃からの鍛錬や魔物討伐での行使を経て常習的に消費され続ける状態に体が慣れてしまい、常に夥しい量を生産されるようになっていたようだ。


 しかし、魔物の王を倒した事で全体の討伐量が減り、式典に合わせて休暇を取っていたのもあって討伐そのものをしなくなり、消費が莫大な供給に追いつかなくなり魔力が体内に溢れ返って過剰状態に。その結果倒れた。つまりはそういう事らしい。


 やれやれ、魔力が多過ぎるのも考えものだな。この状態では回復魔法をかけても逆に体内に魔力が増えてしまって治療どころかむしろ悪化させてしまうだけなので、徐々に体が魔力量に慣れ生産も収まっていくように薬を飲みながら療養する対症療法をするしかないみたいだ。ヨシュアが手づから調薬した薬をチビチビ飲んでいる間に、そんな説明を受けた。


 若しかして、前回の人生で俺がぶっ倒れた原因もその魔力過多とやらなのだろうか? 前回の人生では俺は王太子に連れ回されたり魔物の残党討伐に駆り出されたりと用事がある時以外は、基本的に寝ていた。それはだらけて自由を謳歌していたからではない。ただ単純に具合が悪くて寝込んでいたのだ。


 用事がある時はなんとかかんとか聖魔法で体の感覚を鈍らせたりなんかしたりして無理矢理動いてた。本当はこういうの良くないんだけどな。特に戦場だと、感覚を鈍らせるのは命取りになるから。あ、でも、魔力過多なら討伐に出た後くらいは魔力を消費して楽になるもんだよな? そんな感じは全然なかったけど……。


 そんな疑問を人生二週目の事は暈して詳しそうなヨシュアにぶつけたら、魔力過多を抜きにしても君の体は長年の激務でボロボロなんだから、本当に色々と限界が来てたんだろうと言われた。後ついでに、もっと体を大事にしろと軽く説教まで食らったんだが。そんな余裕俺の暮らしにある訳ないだろうと言い返したら黙ったので、向こうも無茶な注文だったという自覚はあるのだろう。俺の立場の激務具合と換えのきかなさは、何だかんだ王太子なんかの節穴で頭パッパラパー以外は皆把握しているからな。


 兎に角今日のところは夜も遅く時間もないしこのままにするとして、後日俺はきちんとした専門家の診察を受ける事をヨシュア約束させられた。その際、表向きは殊勝に大人しく話を聞いて指示に従う素振りをしながら、内心ではまあそんな時間も取れないだろうし適当に誤魔化そう……と思っていたのがいけなかったのだろうか。


 心配して俺の部屋に残りたがるヨシュアを何とか帰らせ、そのまま夜を越し翌日身支度を整え、さて嫌われついでに国王に仕事でも言いつけられに行こうと意気揚々部屋の外に出たら何があったと思う? なんと、扉の前に居たんだよ、ヨシュアの奴が。


 流石にこれには俺も驚いたね。いくら何でもあまりにも予想外過ぎる。動揺を堪え恐る恐るヨシュアにここで何してるんだと聞いたら、君を医者に診せに連れて行こうと思って迎えに来たときたもんだ。冗談じゃない。俺歯医者になんかかかる気は更々ないってのに! 面倒なので丁度これから1人で医者に行くところだから必要ないと言ったら、だったらその腰に佩いた剣はなんだと聞かれて、こちらとしてはもう黙り込むしかなかったのはご愛嬌。まったく、目敏い奴め。その後往生際悪くヤダヤダと沢山駄々を捏ねたのに、結局そのまま医者の所まで引き摺っていかれてしまった。


 そうしてヨシュアに引き摺られて行った医者のところで正式に下りた診断は、ヨシュアの言う通りやはり魔力過多らしい。それに加えて長年の戦場暮らしと睡眠不足、疲労過多、栄養不足、その他諸々酷使され続けて生じたガタにとうとう体が耐えられなくなってきて様々な問題が表面化しつつあるそうな。


 挙句、悪い事言わないから休みなさい。あなた、このままだと魔物に殺られる前に過労で死にますよ、ときたもんだ。やれやれ、だからなんだってんだ。そんな診断1つ、そこに客観的過労状態の判定加わったとして、俺の仕事はなくならない。どうせ俺はこの国に死ぬその瞬間までこき使われる運命なのはずっと前から決まってる。


 精々子供を産む前に死んだら残念だくらい思われそうだが、魔物の王を既に倒した今、この期に及んで無為に長らえさせるくらいなら最後の一滴まで命を搾り取って使おうとされるだろう。そもそも内蔵1つ取っても死後研究の為の検体に、骨は煎じて聖魔力が高まる眉唾の呪いじみた薬にされる予約がもう取られてんだ。今だって俺は俺のものじゃない。死ぬ事だって怖くない。というか無用に苦しくなければ大歓迎。多少ならその苦しみも必要と思えば許容できる。


 何故そこまで自分の人生を諦め、身勝手な他人に抵抗すらしないんだ。偉ぶった奴等に自己決定権を奪われ好き放題されて、悔しくはないのか? 俺の生き方はそんな疑問を持たれて当然だと思う。でも、俺はもうただただ疲れたんだ。


 物心着く前から俺は人生を他人の為に使うのが当たり前の暮らしをしていた。習い性どころか俺はこの生き方しか知らない。というか、教えられなかった。抵抗心が育たないように意図的に世界を狭められ、周囲のそんなどこまでも利己的な考えに気がついた時にはもう積極的に生きようという気力は失っており、それに伴い自分の人生を取り戻す原動力も俺の中には皆無になっていたのである。


 今になって自由を得ても、どうせ持て余すだけで碌に活かせないままぼんやりしんでいくのが目に見えていた。それなら、今のまま変化を求めなくとも特に変わりはないと、俺は思うのだ。むしろ余計な波風立てない分、現状維持の方がまだマシなのかもしれない。


 取り敢えず医者にはかかったし、これでヨシュアも満足しただろう。診察だけで一日がかりで結果が後日出る検査もいくつかあるらしいが、何にせよ明日からはフリーだと思われる。ヨシュアももう気が済んで突っかかっては来ないに違いない。そう考えて、診察翌日からは意欲的に働いてやろうと思ったのだが……。そんな考えは甘かったらしい。その事がわかったのは、翌日直ぐ覆る事となった。

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