第2話 魔物の王と呪いについて

 さて。さっき言った内容で俺が周囲から魔物を討伐する事を強く求められている事と、王子区の子供を産んで面倒がない様すぐ死ぬ事を強く望まれているのは、十分にご理解いただけただろう。しかし、俺にはまだまだ期待されている役目があった。


 その期待されている役目とは、なんと言う事はない、呪いの緩和である。とは言ってもただの呪いではない。呪いにかかっているのは婚約者でもある王太子ジェレマイアで、呪いをかけたのはこの大陸の領土の半分以上を占領している、魔の森に巣食う魔物の王だ。ただでさえ呪いとは解除や緩和が難しいものなのだ。そんな強大な相手にかけられた呪いの緩和なんて、どう頑張っても稀代の聖魔法の使い手である俺にしかできない。


たった1人限りの王の子息を無為に苦しませ死なせる訳にもいかず、その為俺は、魔物討伐で疲れ果てた体に鞭打って、王城で伏せっている王太子の元に通って定期的に聖魔法を行使し続けていた。何せ物凄く強力な呪いで、そうでもしないと呪いが進行し王太子は命を落としかねないのだ。たった1人限りの王の子息を、無為に苦しませ死なせる訳にもいかないだろう? 王太子の元に通いつめるのはなかなか疲れたが、俺に拒否権はない。


 この呪いは元はと言えば現国王が王太子時代に自らの経歴に箔をつけようと、安易な気持ちで魔物の王に挑んだ事に端を発する。大勢の人間を駆り出し、多大な犠牲を払ってなんとか魔物の王に手傷を負わせたものの、その頃は聖魔法の使い手に強い者が少なかった為仕留め切れなかった。そのせいで魔物の王からの報復を許してしまい、子孫共々現国王の血が流れる人間に遍く呪いをかけられてしまった。


 この呪いにかかった人間は、皆生気を吸われてジワジワと体が弱っていく。お陰で王太子時代は頑強な事が取り柄で熊をも仕留めるとまで言われた国王は、今ではすっかり虚弱体質となった。それに伴い性的に不能である。


 一応魔物の王に挑む前に既に妻の腹に拵えていた跡継ぎの王太子が居るのはよかったが、その王太子も呪いのせいで幼い頃から病気ばかり。呪いのせいで他の子を設けでもどうせ同じような体質だろうし、そもそもそこに至る前に呪いのせいで子作りができない。この王太子になにかがあってしまえば、もう後がないのだ。


 とはいえ公爵家に降嫁はしているものの、現国王には呪いを受けず健康体質の王妹やその子供達も居るには居る。万が一があっても王家の血自体が途切れる最悪の心配はない。というか、呪いが解ける宛がないのなら、正直呪いとは無関係の王妹の血筋の方に跡を継いでもらった方がいいだろう。が、できる事なら自らの血を引いた我が子に王位を継がせたいというのが親心というもの。誰しもできる限り嫡流が跡を継ぐべきという固定観念もある。それ故王太子ジェレマイアはらそれはそれは大切に守り育てられてきた。


 そんな諸々の事情の下、俺は王太子の命を長らえさせる為に聖魔法を使い続けていた。呪いが解ければそれが一番良かったのだが、残念ながらそれにはかなりの修練を必要とする。そして俺には世に蔓延る魔物の討伐をほっぽり出してまで呑気に修行を積んでいる暇は無ない。流石の王家も国際社会の手前、替えのきく王太子の命と世界の平和を天秤にかけて前者を選べとは言えず、俺は王太子の呪いの緩和だけを行っていた。


 いつまでも終わらない魔物の討伐に王太子の看病。どっちかを一段落させればもう片方をやれとせっつかれる日々。休む間もない上に魔法の使い過ぎや魔力の消費のし過ぎのせいで体はいつも不調を訴えていたが、とてもじゃないが弱音を吐ける立場ではなかったのでただ耐えるしかなかった。


 いくらでも湧いてくる魔物を討伐して、一向に回復の目処が立たない王太子の看病をして、いつまでもいつまでも子爵家に連れ回され、また最初に戻って同じ事の繰り返し。そんな毎日が死ぬまで続くと思っていたが、転機は突然訪れた。魔物の王を、俺が倒したのだ。そう、さっき俺が剣を突き立て殺した、あの鱗に覆われた巨体の怪物こそが、何を隠そう魔物の王なのである。


 どんな魔物もこの世の構成酵素の1つである魔力の淀み……いわゆる瘴気から生まれ、魔物は自らの周辺の魔力を淀ませる。淀みが大きければ大きい程強力な魔物が生まれ、強力な魔物程大きな淀みを作るもの。これは揺るがし難い普遍の理だ。


 それ故に淀みか魔物、どちらか一方ではなく両方を同時に解消しなくては、延々と淀みも魔物も生まれ続ける事となる。小さな淀みは自然発生的に生じる事もあるが、大きな淀みは基本的に魔物が大量に集まったり強大な魔物に影響されないと生じない。つまりは強力な魔物さえ排除してしまえば、ある程度その後の平和は担保されるのだ。また、それとは逆に強力な魔物や淀みを放置すればそれだけで、倍々ゲームでそれらが増強されていくという事でもある。


 そうは言っても一般的な魔物ならいざ知らず、聖魔法を使わないと強力な魔物なんて到底倒せっこない。歴代の聖魔法の使い手達も、強力な魔物と戦うと手傷を負ったり悪ければ命を落としたりで、生涯かけてもそんなに数は倒せなかった。淀みの積み重ねで生まれた魔物の王なんて歴代最強と言われるくらいあって、かなり強い。現国王が聖魔法の使い手を引き連れていたとはいえ、手傷を負わせただけで正直大手柄なのだ。


 その為魔物の数や力は良くて横ばい悪けりゃどんどん増えてく一方。この国のみならず人間達は魔物の勢力を前に、正直ジリ貧だった。そこに来て歴代最高と謳われる莫大な聖魔力の持ち王で、馬鹿みたいに高出力の聖魔法を使える俺の登場だ。お偉いさん方がこいつを使って一発逆転、人間の勢力を盛り返そうとしたのも、まあ無理ない話だったのかもしれない。


 何にせよ飛び抜けて強大でどんどんと淀みを作り出し、それに伴い次々大量の魔物を生み出していたせいで魔物の王とまで言われていた一番強い魔物を、俺は倒した。魔物の王程ではないとはいえ、まだ世の中には強い魔物がいくらか残っていたが、根源を絶ったのでこれ以上増える事はまずない。なんなら今後減っていく見込みさえ立った。正しく、俺は勇者として偉業を成し遂げたのだ。


 人々は口々に言った。『きっとこの功績と勇者イーライの名は、この先人類が続く限り栄誉と共に伝えられ続けていくだろう』と。親玉の魔物の王を倒した事で魔物の討伐も後は残党の駆除程度。また、王太子の呪いも解け看病の役目も終わった。義家族が周囲に自慢するアクセサリーとしての役目も、勇者の肩書きさえあれば大きく出て断れるだろう。王家に子供を産まされても、成し遂げた平和を理由に魔物の討伐をある程度弛めて療養すれば生き残れるかもしれない。ああ、俺の未来は希望に溢れている! ……筈だった。そんな事はなかったけれど。


 だって俺、魔物の王を討伐してから1年くらいで死んだし。死因は処刑。いわゆる死刑に処されたのだ。名誉も功績も全て取り上げられ、最後は罵られ石を投げられながら首を括られ死んだ。あれ、苦しかったな。普通に首を刎ねるか、高所から突き落として縄と勢いで首が折れるような絞首刑にしてくれればいいのに、苦しませたいからって態々拷問の末にジワジワ絞め殺されたのだ。今でも思い出すとゾッとする。俺の処刑方法考えた奴、絶対性格悪いよ。


 何にせよ、俺は死刑にされて死んだ。そこに至るまでの過程も酷いもんで、詳しくは長くなるので端折るがこれでもかってくらい冷遇されて散々な目にあったもんだ。その未来はどこにも栄誉に溢れてなんかいない。あったのは汚辱とか侮蔑とか、そういうものだけ。そういうあまり宜しくない死に方だった。


 そう、俺は死んだのだ。あの首に食い込む縄の軋む音も、剥がされた生津目の痛みも、全部記憶に鮮明だ。だからこそ、確かに自分は死んだのだ、と言い切れる。その筈なのに。何故か今、こうして再び魔物の王の心臓をこの手に握った剣で刺し貫き斃した瞬間に戻ってきている。……いや、何で?

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