第13話 あなたを助けますっ

ソフェアさんは僕の目を見て僕が言いたいことを感じ取れたようだ。

「あなたは強いと言ってもこの世界の住人ではありません。それにこの世界のことを知らない。弱い人間です。愚かだとは言っていません。私はあなたに元の世界に戻って欲しい。叶わなくてもこの世界で幸せを掴んでください。私たちのせいであなたの人生がなくなってしまうのは嫌です」

強く優しく僕にそう言った。鼻の奥がツンとする。僕はソフェアさんから手を離し木に座り直す。

「知ってますかこの木。精霊樹と言って精霊はこの大樹を中心に活動しています。大きいでしょう?この湖もただの湖ではありません。魔力が込められていて入るだけで傷や魔力が回復し癒されます」

ソフェアさんはのんびりとした口調で話す。この森の美しさを自慢したいのだろう。まだ、綺麗な時に。

僕は空を見上げる。なんの変哲もない空。蒼くて広くて綺麗。僕の世界と似たような空。でも違う。魔界はどんな世界なのだろうか。想像では赤い空が広がっているイメージだ。もしかしたら普通の僕が知っているような世界かもしれない。それとも全く想像できない世界なのかも。事実は小説よりも奇なりという言葉がある。僕は結構この言葉が好きなのだ。

って今はそんなのどうでもいいだろ。何を考えているんだ。僕らしくない。変に感情移入しちゃって。ここは異世界。ソフェアさんの言った通り僕にとって関係のない話だ。戦争が起こる前この国から出なきゃ。






「はあぁああぁ……」

僕は大きくため息をつく。自分の恩人を見捨てること出来るかって聞かれると出来ると思う。それがその人の願いならそうするし僕は昔からそんな考えだった。本望ならね。

「ソフェアさん、本当はそんなこと思ってないですよね?」

「え?」

僕は数日前に来た森と今の〖水の森〗を比べて見る。上から見る景色はとても綺麗でジメジメした暗い森はもう無くなっていた。

「だって説明が具体的すぎるんだ。本当に僕に感謝してここから逃げて欲しいなら今ある国と戦争になっているとか言えばいいんだ。」

その真っ只中偶然僕がこの国にチャンスを与えたとかなら納得するし言いたくないなら僕も深くは詮索しない。なのにソフェアさんは丁寧に僕に話してくれた。まるで助けてと言っているようだ。

「そ、それは……」

ソフェアさんも今気づいたようだ。まさか無意識で僕に助けを求めていた?それともただ愚痴を言いたかっただけだろうか。

「すみません。けれどカナメにはここから逃げて欲しいのです。これは私の願いです」

じっと僕を見つめる。その目に偽りはなく、けれどとても不安そうで苦しそうだ。

「無理だよ。この国は魔族に奪われる」

わざとソフェアさんの話を無視する。気づいて欲しい。現状、この国に勝機はない。精霊が4人で魔王1人に叶わないのならウィリアム国は絶望しかない。魔族が本気になればウィリアム国は簡単に消滅する。

「いいえ。必ず守ります」

けれどソフェアさんは諦めないようだ。さっきまで不安そうにしていたのになんでそんな決意したような目を僕に向けるんだ。宛があるのだろうか。

「どこに根拠が?」

少し冷たく言うとソフェアさんは言葉につまる。ないのかよ。

しかし、魔族に勝てる方法は僕にだってわかるわけない。下級魔族の種。これは僕が何とかなりそうだ。けれどまた種をばら撒かれると大変だ。卵はあの龍がまだ三体いるってことだよね。一体でも僕に致命傷与える程なのに勝てるかわからない。それに僕はどうやって蒼龍に勝てたか記憶がない。あと魔王だけど蒼龍に手こずってたら勝てるわけないな。どうしたもんか。魔族はどれくらいいるんだ?相手の情報が少しでもあればもう少し考えられたのに。

そういえば。

「ソフェアさん」

俯いて考えてるソフェアさんに僕は話しかける。もしかして僕と同じように考えてたのだろうか。ソフェアさんはぱっと顔を上げた。

「さっきソフェアさんは世界をすく為に僕も助けたって言ってたよね?もし放っておいたらどうなるの?」

「間違いなく世界が滅びます」

…………もうちょっと濁してよ。なんか傷つくじゃないか。これもしかして選択間違ってたらソフェアさん敵になってたんじゃない?

「カナメ」

ソフェアさんが僕の名前を呼ぶ。やっぱり声がいい。

「ここから逃げてください。どういう状況であれカナメを巻き込みたくないです。これは本心です」

ソフェアさんは両手でギュッと僕の右手を掴む。見つめてくる瞳は蒼い色で吸い込まれそうだ。僕はそれに見とれてしまい暫く沈黙が続く。

「………僕に勝機があるって言っても?」

一瞬ソフェアさんの目がおよぐ。迷ったのだ。僕を掴む手はすべすべしていて思ったより冷たかった。でも温もりを感じる。変な表現だけどそう言うしかない。

ソフェアさんはもう一度僕を見つめて口を開く。

「ええ」

迷いのない答え。本当に僕のことを考えてくれているのだろう。けれど僕はやっぱりソフェアさんに捨てられるかもと考えてしまう。

「嫌だ。………嫌ですよ」

僕はソフェアさんから目をそらす。鼻の奥がツンとした。泣きそうになるのを堪える。普段僕は泣き虫じゃない。あんまり泣かない。けれど耐えられない感情はどうしようもない。僕はもう片方の、掴まれてない方の手でソフェアさんの手を掴む。

「だって、だって……やっと喋れて、触れて………仲良くなれたのに初めて来た異世界に、初めての友達を………失いたくない。僕はソフェアさんの助けになりたい。これは僕の願いだし、わがままだけれど………まだ僕は不安なんだ。この世界のこと…知らない。知りたいけど、帰りたい。ソフェアさんは、この国から逃げろと言ってくれるけど……僕にとって知らないところに行くのは不安で仕方ないんだ。この森に初めて来た時も怖かった。早く人に会いたかった。…けれど人間を襲うかもしれない恐怖でどうしようもなかったから、ソフェアさんに助けられて僕は………」

言葉がつまる。溢れそうになる何かが決壊して崩れて出てきそうになる。俯いたまま僕の両手は強くソフェアさんの手を握っている。

「………助けてよ。僕はまだ……ソフェアさんの傍にいたい………」

人間は1人では何も出来ない弱い生き物だ。人間は誰かに依存する生き物だ。家族だったり、友達だったり、恋人だったり。誰かに支えられて生きていく。

僕はこの世界に1人で来た。誰もいない。1人。独り。そんな時にソフェアさんが現れたんだ。簡単にそこから離れられないに決まってる。無理だと思う。不安で仕方ない。また1人になりたくない。

「………わかりました。あなたを助けます」

その言葉にばっと顔を上げる。ソフェアさんは優しく微笑んでいた。その温もりに泣きそうになる。

「カナメも助けてくれますか?」

ふわりと風が吹く。ソフェアさんは心配そうに僕を見つめる。本当は僕がここに残ることは嫌なのだろう。こんな僕のわがままを受け入れてくれたソフェアさんはとても優しいのだ。僕は目に溜めている涙を流さないように口を開く。

「ソフェアさんの助けになりたいです」

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