第11話 発見しましたっ
「あなたね。あの蒼龍を倒してくれたのは」
目の前の岩肌には気配も何も無いように見えるが極限まで魔法を高めた精霊である少女はわかる。見えないがそこにいると感じた。
呼びかけたが何の返事もない。少女は先程よりも優しく声をかけた。
「あなたに言わなければならないことがあるのです」
まだなんの変化もない。
「この森を助けてくれてありがとうございます」
少女は正座をし頭を下げる。それでも目の前の空間は動かない。本当に何もないのではないだろうか。しかし、少女は確信がもてた。3日前、蒼龍と戦っていたとされる場所で言い表せないほどの悲しみが伝わってきた。それが今ここで強く強く感じる。
今、彼女は精神的にダメージを受けている。どんなストレスを抱えているかわからないがこんな弱々しい彼女を今度は自分が助けなければと少女は思った。
「どうか、顔を見せてくれませんか?『結果』を解いてください。私に心の内をさらけ出してください」
ここまで返事がないと死んでいるのではと嫌な考えが頭をよぎる。
そんなことはないと頭を振る。彼女が許してくれるまで自分はここにいることにした。
声が聞こえた。
僕は重い瞼を開けて前を見る。覚醒と同時に甘い匂いが僕に襲いかかる。ヨダレが出る。
僕の前には10歳くらいの女の子が土下座していた。髪は白銀でボブの可愛らしい後頭部が見える。異世界に来て初めて見た人だった。
いや、人なのか?
その少女から膨大な魔力が伝わってくる。
頭が痛くなる。体が熱い。呼吸が出来ない。
僕はもう何もしたくなかった。
どっか行け。
どっか行け。
そうしないと僕は君を襲ってしまう。
僕はそのまま体操座りで膝に顔を埋める。空腹を感じて理性を飛ばしそうだ。ヨダレが自身をベタベタにする。何故か体が熱い。グワングワンと頭が痛い。来るな。来るな。来るな。来るな。来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!
«一定量のストレスにより、スキル『威圧』がレベルMAXになりました»
«スキル『威圧』により、レベル44になりました»
«一定量のストレスにより、スキル『威圧』がスキル『威嚇』になりました»
«スキル『威嚇』により、レベル45になりました»
そのまま無意識にスキル『威嚇』を使う。倦怠感が僕を襲い。ドタリと地面に倒れる。
「ゲホゲホッ……おぇ…………っ」
体が熱いだけではなく咳も出てきた。息がしにくい。辛い。きつい。死にたい。殺して。殺して。殺して。
今までにない恐怖が少女に襲いかかる。少女は体制を崩してしまう。地面に体がメリ込められる感覚。実際そんな事ないが今この状態で彼女は新しい能力を得たのだろうか。化け物並の力だ。少女は本当にカナメが人間なのか疑いはじめた。今までイレギュラーな存在と思っていたが、人間という認識からは外れなかった。この世界にも膨大な魔力を持つ人間は存在する。しかし、少女が感じる目の前の存在は人間からかけ離れているように見える。まさか、人間でも魔族でもない異様な危険な存在なのか?
少女はカナメを敵として認識しはじめた。ググッと顔をあげいるであろう目の前を睨みつける。
そこには力を失いはじめたのか半透明のカナメが見えた。
少女は目を見開く。
カナメは泣いていた。
空腹のせいで溢れ出す唾液。発熱しているのか頬は赤く鼻水が出ている。絶望に染まった瞳から涙が流れて、顔は鼻水や涙で情けない姿をしていた。
その口が開いた。
「………殺して……」
少女は聞いた。悲しみに溢れて自分で死にたいの願う彼女の声。
「私は愚か者でした」
少女は自分の中の力を魔力をスキルを最大限に放出し、カナメの『結界』や『威嚇』を打ち消す。
カナメはその膨大な魔力の前に力がないはずなのに立ち上がった。
「…喰う…っ喰う…っ喰う…っ」
瞳は獣のように狂っており口は笑っている。先程の表情と全く違う顔をしていた。
「なるほど。そういうことですね」
彼女はつまり自分の能力をコントロール出来なくなり飢餓状態にある。今、どうしようもなくここに閉じこもっていたということになる。食料は魔力だろうか。魔物や今の自分に反応したということはそういうことだろう。
少女は懐から先程の魔族の水晶を取り出す。
「この水晶1つでどうにかするしかない」
少女は水晶を懐に戻しカナメを見る。少女の瞳に蒼色の魔法陣が輝いた。
「『蒼瞳』」
これは水の精霊だけが使える特殊な魔法。この魔法は相手のステータスを見ることができまた相手も知らない分析をすることが出来る。
【スキル】悪食lvMAX
・なんでも喰らう。常時発動。食べれば食べるほどスキルが成長する。食べたものの性質をいくつか自分のものにでき、栄養分としても体に蓄えられる。無機物、有機物関係なく喰らい空間さえも喰らう。空腹の限界に達すると一時的に身体能力が上がる。1番の好物は魔法。性質はランダムで取得し1つの時や逆に3つ4つの時もある。その代わり消化が遅い。
「喰らうことで味覚が発達しなおも空腹が倍増する。厄介なスキルね」
少女は手に持っている黄緑の水晶に魔力を込める。交わり増大する。そして、魔力を圧縮。
カナメが少女に拳を振る。少女は慌てて避ける。カナメの拳は純粋な力として地面にぶち当たる。ドゴッと鈍い音。少女はまだ少し残っている魔力でカナメに攻撃。
「『蒼光の矢』」
大量の矢がカナメの頭上から降り注ぐ。カナメは腕をがむしゃに振った。ブンッと音がして風圧だけで矢の勢いが消された。
「……なんて力なの」
『悪食』のスキルは空腹の限界が来ると身体能力が上がると書いてある。今のカナメは身体、精神による過度なストレスや魔力不足で高熱である。そのため、『悪食』以外のスキルは機能を停止している。
そう。『悪食』だけが発動されている。純粋な戦闘力にもよるが高熱を出し続けている状態では動けない。カナメは操り人形のようにスキル『悪食』に支配されている。少女にはそう見えた。
一歩一歩力を込めてカナメは少女に近づく。少女はスキルで自身の身体能力をあげ武術で抑えることにした。
「くぅわぁぁせぇぇぇろぉぉぉぉ!!!」
ダンッダンッとカナメが一気にスピードをあげる。
「させませんよ」
力任せの突進。相手の力を利用して右腕を右手で引っ張りもう片方の手でカナメの頭を掴む。腕を引っ張られたカナメはそのまま地面に倒れそうになる。少女は頭を掴んだまま地面に押し込む。ズドンッと鈍い音がする。
「…がっ、あぁ………」
カナメが呻く。しかし、カナメはすぐに左腕で押さえ込んでいる少女に攻撃を繰り出した。だが、それも呼んだいたのか少女は後ろへと飛び左腕は空ぶった。
ダメージを与えたはずのカナメの顔はまだ笑ってる。しかし、瞳は何も映していない。
早急に決着をつけなければ危険と判断した少女は今度は自分がカナメに向かって走った。少女の拳がカナメの鳩尾に向かってのびる。それにカナメは一歩さがり片手で少女の拳を受け止める。異常に身体能力が上がっただけで武術ができるわけではない。そのため少女の拳を完璧に受け止めきれなかった。カナメが後ろへ吹き飛ぶ。
「力は大きい。咄嗟に動けたのは認めますが実力が出てきましたね」
カナメの動きは単純。少女はカナメが気絶するまで戦うことにした。
壁にめり込むようにぶつかったカナメは動きが鈍くなる。
少女は『蒼瞳』を使いカナメのHPを見た。
「かなりダメージを与えているはずなのに動けているのはあの子のHPが異常に多いのね」
しかし、少女はこのまま長期戦に持ち込めば勝てると思った。
ドゴッとカナメが少女へと飛んだ。少女も動く。が、
「………!」
カナメのスピードが先程よりも早く動いていた。少女はそのスピードについて行けずカナメに隙を与えてしまう。
カナメは少女の顔目掛けて足蹴り。少女は腕で防御するが異常な身体能力。そのまま吹き飛んだ。少女はすぐに受け身をとり顔を上げるがもう目の前に近づいていた。
「………っ」
少女は自分の体に結界をはり衝撃に備えるがカナメは構わず少女を殴る。
パリンッと結界が破れる音がし下からの攻撃に少女はまた吹き飛ばされる。
「…がっ!!」
考える間もなくカナメは少女へお返しだと言うように鳩尾を蹴る。空中に吹き飛ばされたまま少女は蹴られ一直線に右の壁へ激突する。ズリズリと地面に落ちていく少女。カナメはやっとスピードを落とす。しかし、少女は一瞬気を失うがすぐに立ち上がる。その様子にカナメは驚き体制を整える。しかし、カナメの対応は少女にとって遅く少女はカナメの首を掴みそのまま洞窟の最奥に押し込む。さすがに体力の限界なのかカナメはもう動かなかった。
「私のスキル『突破』です。瞬発的に動きをあげ音速に近いスピードを出すスキルですが1秒も持たないスキルですのであまり役に立たないのですが不意打ちに有効です。さぁ、どうします?マウントを取られた状態で私を食べますか?」
口調は冷たく声は凍つくような怒声なのにその瞳は優しそうにカナメに微笑んでいた。その少女の表情にカナメはおぼろげながら正気を取り戻す。けれど最初に現れた感情は悲しみ、苦しみ。
「なん、で……殺してって………」
もうほとんどの記憶がなく洞窟に入るまで本能のままに魔物を喰らっている記憶さえもない。ただそこら中の食い物をお粗末に食べて捨てて食べて捨ててを繰り返し意識的に絶望していた。自分の姿は人間の形をした化け物になっている。ドラゴン1匹喰ってもっと空腹を感じる人間なんているのか?アニメの世界では普通かも知れないがカナメにとっての現実とはかけ離れている。しかも、人間である自分に対しても食欲がそそるのだ。人間の街に入ったところで自分を抑えられる気がしない。人間の体をもった化け物。もうこの体はカナメ自身のものではない気がしてきた。何かに乗っ取られる気配。自分を失う音がする。その音はひとつひとつ崩れて零れて消えていく。取り込まれる。『悪食』のように。怖い。とても怖い。魔物たちはきっとこんな気持ちを持ち続けていただろう。そのまま自分に取り込まれて死んでいった。もう嫌だと思った。
こんなに強い少女が目の前にいる。あのドラゴンでさえ僕は死ねずに逆にドラゴンを喰らってしまった。少女なら自分を殺してくれると思った。土下座から顔をあげた少女はそういう顔をしていたのに。なんで。なんで。
そんな優しそうな顔を僕にするんだ?
カナメの瞳は薄い膜が貼った。今更優しくされたことが嬉しいのか?死にたいんじゃないのか?殺してと願っただろう?少女のその顔にすがりたくなる。それにしても少女はとても綺麗だ。整った顔立ち。凛々しく蒼い瞳。ふわふわした白銀に輝く髪の毛。白い肌。体が小さいのに年上のように感じる。すべすべした手が僕の首を掴む。急所を掴まれているのに力は優しい。ピンク色で小さな唇が動く。
「どうして私が人間を殺すのですか」
ぶわっと心の奥にある何かが開く。中から外へ外へと押し出てくる。異常な飢餓状態で空っぽのはずなのに何かが出てくる。カナメが押さえ込もうとしても抑えられない悲しみ。苦しみ。止めどなく涙が溢れ出した。
不安だったはずだ。異世界に来て何もわからない状態で見たこともない化け物に会い、暗いジャングルを歩く。ゲーム感覚で進んでいたはずの足はずっと震えていた。でもスキルに押しつぶされていた。自分で歩いていなかったのかもしれない。何かに押されていたのかもしれない。助けて欲しかった。意思が通じる人に会いたかった。たった1人でここにいて体は熱いはずなのに心は寒くて寒くて辛かった。寂しかった。死にたいなんて思いたくなかった。生きたかった。
「ぼく、人間……ですか…?」
「人間にしか見えません」
不安そうにカナメは少女に問う。少女ははっきりと答えた。ドバドバと出てくる涙は止まらない。
「私はあなたを人間と認識しています。化け物ならそんなの悲しそうな顔しません」
少女は抑えていた左手を離しその手をそのまま頭の上に置く。優しく笑う少女。カナメはついに声をあげて泣いた。泣きじゃくった。少女は優しい手で撫でる。それが心地よくて暖かくて。カナメは少女の胸の中で眠った。
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