第9話 涙の匂いを確認しましたっ
涙の、しょっぱい匂いがした。
僕は地面に丸くなり嗚咽を漏らしている。なのにわずかに涙の匂いがした。
僕かなって思った。でも違った。泣いているけど、僕の涙は生理的に出た涙だ。
この涙の匂いは悲しくて、辛くて、苦しくて寂しそうで。
顔をあげる。ドラゴンを見ると。やはり食欲が増す。でも今は食べる気がしない。ドラゴンは美しい鱗でとても綺麗な蒼色だった。立派だと思う。食欲ではなく純粋にそう思った。僕はこの素晴らしいドラゴンを喰おうとした。
僕はクズだ。死んでしまいたい。この愚か者が。
ドラゴンの表情は安らかだった。あんなに激しく戦ったのに。
綺麗だな。
その閉ざされた瞼から一筋の涙が流れる。
悲しい感情が溢れてきた。
そのドラゴンからただただ悲しい気持ちが僕に伝わる。
「ごめんなさい……」
僕は地面をはってドラゴンに近づく。僕も気づかず涙を流している。
「ごめんなさい……」
僕はドラゴンを抱きしめる。
殺してごめんなさい。森を壊してごめんなさい。喰ってごめんなさい。傷つけてごめんなさい。
僕もただただ悲しい気持ちに溢れた。
わんわん泣いて起きて、起きてと意味のないことをドラゴンに呟いた。
悲しいのに。
苦しいのに。
どうして、
食欲がわいてくるの?
僕は自分が嫌いになった。
絶望した。空腹が感情を押し潰してくる。ダメだよ。だめだよ。だめだよ!!
気づけばドラゴンは跡形もなく消えていた。
僕を遠くから魔物や動物達が見つめる。僕は立ち上がる。すると、一斉に動物達は逃げていった。
「ははは…」
感情のない笑い声がする。
あぁ、僕か。
スキル『隠密』で自分の気配を消し僕はその場から移動した。
僕がドラゴンと遭遇して今の時間まで数十分しかたっていなかった。
「あの子はどこに消えた?蒼龍も消えてる」
〖水の森〗の精霊。少女はカナメと蒼龍が対峙していた場所に辿り着いたが既にそこには何もなかった。けれどそこにはどうしようもない悲しい感情が残っているのに気づいた。少女は顔をしかめる。一体ここで何があったのだろうか。
蒼龍の気配は消えた。あのイレギュラーの存在は微かに残っている。なら蒼龍はあの子が倒したのだと悟った。しかし、気配を消すスキルを使っているのか少女にはすぐに見つけることができなかった。
その頃の魔界は慌ただしくなっていた。核兵器とも言える蒼龍が倒され5人の魔王達による会議が開かれた。
ウィリアム国では4つの属性で中立されているが魔界では5つの属性によって別れていた。炎、氷、雷、鋼、無の属性である。
「おい!リアム!なんだあの無能なドラゴンは!!!」
ダンっと大きな拳を大男が会議室のテーブルを叩きつける。恐ろしい表情で睨むガタイのいい男の名はアンドリュー。属性は鋼属性。その名の通り体は鋼のように硬い。魔王の1人だ。
「落ち着け。あの卵はまだ研究の途中だったんだ。ただでさえ私達魔族が使えない属性を生み出したのだ。リアムを責めるな」
アンドリューを制したのはメガネをかけた男、フロスト。見た目は爽やかイケメンだが常に眉間に皺を寄せているため部下たちには恐れられている。属性は氷属性。当然、魔王だ。
「だが!火龍では森を奪えただろ!!何故今回はあんな小娘にあっさりと蒼龍がやられるんだ!!!それよりもあいつはどこから来たんだ!!」
尚も叫ばずにはいられないアンドリュー。額に青筋を浮かべている。
「知らないわよぉ。気づいたらいるんだもの。魔物を喰らう人間なんて初めてだわ」
そんなアンドリューに臆せず返したのはどんな人間でも虜にする女、エデンだ。属性は雷属性。その長い髪は電気を帯びていた。
「正直さぁ、俺人間界とかどうでもいいんだけどなんで襲ってんの?数が多いなら下級悪魔とか殺しちゃえばいいじゃん」
呑気に質問するのはこの会議には似合わない小さな少年、レンだ。属性は炎属性。可愛らしい姿をしているがこの魔王の中で1番魔力を持っている。
「……………」
最後に隈が目立つリアムと呼ばれた男は徹夜続きのせいか4人の会話に入らない。属性は無属性。ジメジメした雰囲気で暗い。フロストとは逆の存在だ。毎日研究に没頭している。
「魔人様の命令だ。私たちは従うしかない」
レンの疑問をフロストが答える。いつも5人をまとめているのはフロストだ。こうも個性が強い魔王だとまとめにくいのが悩みである。
「ふーん、魔神様まだ寝てるの?」
魔神の話になるとレンはおちゃらけた態度をやめる。
「魔神様そんな命令するかしら?」
興味無さそうにエデンが聞く。その態度にアンドリューが立ち上がる。
「我々は魔神様のためにあるのだ!なんだその態度は!今すぐに殺してやる!!」
「どうしてそんな攻撃的なのよ」
アンドリューはエデンに殺気を放つ。そんな様子にリアムの眉が少し動く。エデンは怒声を浴びせてくるアンドリューに冷たい目を向ける。
「めんどくさいわね。どうしていつも私を怒るのよ」
エデンは呆れたように言う。
「貴様が1番品性がなく仕事をしないからだ!!」
「なんですって?」
エデンも怒りに火がついたのかアンドリューに殺気を放つ。両者が睨み合ったところでフロストがテーブルを叩いた。いっきにテーブルが凍つく。
「どうしてこうもケンカが始まるのだ。鬱陶しい。私は早急にこの件を片付けたいのだ。リアムも疲れている。話を進めさせろ」
その様子にアンドリューとエデンは渋々引き下がる。リアムは既に寝ていた。フロストは氷を溶かす。
「そうそう。確かにエデンの言う通り魔神様が命令しそうにないことだけどオレたちは魔神様に従うしかないよ。でもさ、エデン。リアムは卵の研究と下級魔族の種を作るのに勤しんでいるしアンドリューはその種を管理して動物達を魔物化させてる。オレは人間達から奪った〖火の森〗の管理。フロストは一生懸命僕達をまとめてくれてる。エデン。君は何をやってるの?君の部下は無能なのかな?だったらいらないよね?」
ニコリとレンはエデンに笑いかける。それを聞いたエデンは言葉に詰まる。アンドリューは勝ち誇ったように笑っていた。
「わかったわよ。〖水の森〗にいる人間をどうにかしてみるわ」
拗ねたようにエデンは言う。フロストは安堵のため息をし他の話を進めた。卵の研究の進み具合や他の〖土の森〗と〖風の森〗の調査について長い会議が続いた。
会議が終わりエデンがそうそうに会議室から出ていく。レンはそんなエデンの後ろ姿を見つめるが何も言わなかった。アンドリューが出ていったところでついて行くようにレンも会議室を後にした。残ったのはフロストとリアム。フロストは今回の会議の資料をまとめる。いつの間にか起きていたリアムは3人が出て行った扉をじっと見つめた。
「気になるか」
そんなリアムにフロストは話しかけた。リアムはフロストに視線を向けるがすぐに真っ黒なスカーフで顔を隠す。
「いや………確かに今の魔神様の命令は魔神様らしくないと思って………」
リアムの言葉にフロストはメガネを外し目をおさえ息を吐く。
「確かにそうだな。私もそう思ったが口にはしなかった。話が進まなくなる」
「……」
黙ったままのリアムにフロストは資料をまとめ椅子から立ち上がる。
「気になるのはわかるが魔神様を裏切るようなことするなよ」
「……そんなことしない」
リアムは静かにフロストを睨む。フロストはそれを一瞥し会議室の扉に手をかける。が、足を止めた。リアムはジッとフロストを見る。
「魔王の中に裏切り者がいる」
ピクリとリアムが動く。フロストは背後からの殺気を感じながら話を進める。
「可能性の話だ。私も気をつけてはいるが頭の隅に入れておけ」
そのままフロストは会議室を出て行った。
リアムは少し考えたが今までの疲労が溜まっておりそのままテーブルに頭を預け寝入ってしまった。
エデンは会議室から出てそのまま自分の領地に移動した。屋敷につけば部下が出迎える。しかし、苛立っていたエデンは魔将の1人を殺した。
「あぁ!ムカつく!!なんなのあのガキ!アンドリューも!!!私が1番弱いみたいな言い方して!」
魔族はプライドが高い。その中でもエデンは酷かった。けれども役割を与えられたからには仕事をしなければならない。〖水の森〗の人間についてだ。急に来て急にに魔族を喰い散らかした品性の足りない人間。エデンはそういう認識だった。1度魔物を通して見てみたが物を食べる時がお粗末だった。
属性はわからないがほとんどスキル頼りのように見える。そんな人間に自分がわざわざ出向くのはプライドが傷つくと思い。まず自分の部下を少しずつ送り込むことにした。
「あんなのが来たから計画が台無しになったんじゃない」
エデンは1人の部下を呼んだ。魔将の1人のエリだ。彼女もまたエデンと同じ雷属性だ。魔王には数えきれない魔族を配下にしている。階級は下級魔族、上級魔族、魔将、魔王、魔神がある。魔王であるエデンは自分と同じ属性の魔族を支配することができそれは他の魔王も同じだ。
「ねぇ、エリ。〖水の森〗にいる人間を殺してくれない?」
サーモンピンクでショートカットの女はエデンの前で跪く。
「下級魔族は倒されると思うからあなたの部下の上級魔族を少しずつ刺客として送ってよ」
「はい!かしこ参りました!」
エリは嬉しそうに返事をした。
エデンはこれであの人間を殺せると思った。なぜならエリはエデンの次の魔王候補だからである。小さい頃から丹精に育てたのだ。他の雷属性の魔将なんか知らない。今回の問題の人間を始末できればエリに対する他の魔王達の評価が良くなることだろう。あの未完成なドラゴンなんて最初から信じてない。
しかし、エデンはカナメどころか〖水の森〗の脅威さえ甘く見ていた。魔物たちの劇的な減少は精霊の力を再び蘇らせることとなった。
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