それが皆の為になるのなら

「あの...ミケさん、聞いてもいいですか?」

「なんにゃ」

沈黙を破るハニの質問に無愛想に答えるミケ

「私がその男の人は、多分、私と同じですよね...?」

ミケの眉間に少し力が入る。

「んにゃ。お前と同じで突然この世界に来たらしいにゃ」

「やっぱりそうなんですね...それで力も持っていると..」

尻尾を揺らしながらハニの表情を確認する

「お前はどこまで視えてるんだにゃ?」

困り顔を見せるハニは小さいため息を漏らして身振り手振りを交えて答えた

「最初は無意識にほんの少し先に起こる事しか視えなかったんですけど...今は観るぞ!ふんっ!って感じにすると視えるようになって...今は数日先くらいまで?は視えてる気がします...でも、それするとすごく疲れちゃうんです...丸一日寝ちゃったり。それに夢でも視える事があって。多分扱いきれてないんですよね...」

「ふーん」

言葉とは裏腹にミケは鋭い表情を向けを視界にしっかりとハニを捉えていた


——————


「着きましたね」


ミケ達はポルトット帝国の国境に到着した。

目の前に広がる光景は息をのむほど壮麗だった。

朝の光を反射して輝く城壁は、何世代にもわたる繁栄と技術の象徴であり、

帝国の力強さを誇示していた。

城壁の上には、精鋭の兵士たちが厳然と立ち並び、その鋭い眼差しは決して妥協を許さぬ姿勢を物語っていた。


国境を守る大きな門は開かれており、

早朝から賑わう市場の音や活気に満ちた人々の声が聞こえてくる。

その中には、様々な国や地方から来た商人たちが商品を並べており、異国の香りや色彩が溢れていた。

辺境の地でありながら、帝国の国境はその中心都市のように活気に満ち、

豊かな文化と繁栄を感じさせた。


門をくぐると、彼女達は帝国の力強さと寛容さを感じた。

この国境はただの地理的な境界線ではなく、栄光と歴史の交差点でもあり、未来への希望を胸に抱く者たちの玄関口でもあった。


「いいとこですよね。マザークも大好きですけど、ポルトットも皆活気があって好きです」

「まぁ、この声が悲鳴に変わるけどにゃ」

ミケはフードを深く被り直した。


「それで...皇帝はあと十分後にゃあ、あのテラスから朝の挨拶に出てくるんにゃ?」


二人は街の中心にそびえ立つ立派な宮殿のテラスに視線を向ける


「はい...すみません。先ほどお伝えした内容でお願いします」

申し訳無さそうな態度を取るハニだが、その目には覚悟を決めた人間の意思が強く現れている。


「まぁ、私はあんたの人質だからやるしかにゃいけど、軍神がいたら私は生きちゃいにゃいにゃ...まぁ、彼奴きゃつがいないのもあんたの計算にゃんだろ」

「いや、それはコリンさんの計画です。ミケさんの事をコリンさんに伝えて...そしたら何とか引っ張り出すって...」

「にゃるほど。あの優男は頭が切れそうだったにゃ...おっ時間にゃ...」


朝の定刻を知らせる大きな鐘が、澄み渡る青空に響き渡った。

その音は、帝国の隅々まで届くかのように、力強く規則正しく鳴り響く。

鐘の音と共に人々は立ち止まり、その後に続く特別な瞬間を静かに待ち受けていた。


しばらくして、帝国の象徴たる壮大な宮殿のテラスに一人の姿が現れる。

白く綺麗な長衣を纏った皇帝は、まるで太陽そのものが降臨したかのような威厳と輝きを放ちながら、ゆっくりと民衆を見渡した。

彼の存在感は圧倒的であり、帝国中の注目を一身に集めていた。


「おはよう、我が愛する国民たちよ。」皇帝の声はテラスから広がり、まるで風が運ぶように広場に集まった人々の耳に届く。その声には、長年にわたる支配者としての経験と、民を慈しむ心が込められていた。

皇帝は、微笑みを浮かべながら穏やかに続ける。

「我が帝国の平和と繁栄を共に祝おう。この日が新たな希望に満ちた一日となることを....」


それは突然だった。

皇帝の声が堂々と響き渡る中、鋭い音が空気を切り裂いた。

次の瞬間、皇帝の表情が硬直し、その目には驚きと痛みが浮かんだ。


民衆の歓声が驚愕の悲鳴に変わる。

皇帝は自らの胸に手を当て、そこから鮮やかな赤が染み出すのを感じた。

彼の体は徐々に力を失い、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと膝をつき、次第に崩れ落ちていった。


テラスの上では侍従や護衛が駆け寄り、騒然とした状況が広がっていた。

民衆の中にはその光景を目撃した者も多く、誰もが信じられないという表情で固まっていた。

鐘の音が未だに余韻を残している中、帝国を象徴する存在が崩れ落ちるその瞬間、世界が静寂に包まれたかのようだった。


皇帝の体が地面に倒れ、彼の最後の言葉は口にされることなく、テラスに虚しく響くこともなかった。

帝国の繁栄を謳歌するその声は、突如として終わりを告げ、

彼の命もまた無情に断ち切られた。

新たな希望に満ちた一日が始まるはずだったその瞬間は、

一瞬にして混沌と暗闇に包まれてしまった。



周囲が混乱と恐怖に包まれる中、

一人の暗殺者が宮殿最上部に位置するテラスへ素早く飛び乗った。

黒いフードで顔を隠し、鋭い目が群衆を見下ろしていた。

護衛が駆け寄ろうとするのを阻むように、その暗殺者は拳を振り上げて叫んだ。

「静まれ!!聞け、民よ!」


その声はテラスから響き渡り、人々のざわめきを鎮めた。

暗殺者は微笑みを浮かべ、血の染みたテラスの中央に立った。

「今こそ、帝国の真実の姿を見るときだ。皇帝は倒れた。この国を支配する腐敗と偽善も、我々の手で終わりを告げるだろう。」


視線を広場全体に巡らせながら、続けた。

「近い将来、この帝国は我々の手に落ちる。正義と自由を求める我々の手に。今日の出来事は、その始まりに過ぎない。」


暗殺者の言葉は冷たく、確信に満ちていた。


暗殺者の宣言は、帝国の民衆に新たな現実を突きつけた。

希望に満ちた一日の始まりを告げるはずだったその朝が、反逆と恐怖の幕開けとなったのだ。

護衛たちが急いで上階のテラスに向かう。

暗殺者は無表情で彼らを一瞥し、周囲の混乱をものともせず悠然と立ち去った。

その姿は、帝国の運命に暗い影を落とす予兆に感じざるおえなかった。


——————


暗殺者となったミケは素早く行動を開始した。

まるで空気を読むかのように、華麗な身のこなしで兵士たちの攻撃をかわしながら、テラスから跳び降りた。

刃や銃弾が届く前に、暗殺者は影のように動き、兵士たちの包囲を抜け出した。


その後もミケの動きは流れるようであり、

迷いのない足取りで複雑な通路を進んでいった。

朝の澄んだ空気の中、ミケはその中を軽やかに進み、兵士たちの目を欺き続けた。


兵士たちが必死に追いかけるも、ミケの速度と敏捷さには追いつけなかった。

ミケはまるで帝国の内を手のひらの上に収めているかのように、迷うことなく出口へと向かい、やがて門を通り抜けた。


ミケは留め置いていた馬に駆け寄り、手際よく鞍を整えると、馬に飛び乗った。

彼女が馬を駆ると、朝日の中を鋭く走り抜ける。


直ぐ様、国境へと向かった。

道中で幾度か兵士たちの追跡を受けるも、そのたびに華麗な動きで翻弄し、捕まることはなかった。


ついにミケは国境に到達し、朝日が彼女の背中を照らす中、一度も足を止めることなく越境を果たした。


国境の向こう側でミケが一瞬立ち止まり、振り返る。

その姿は、まるで全てを掌握しているかのような冷静さと自信に満ちているように兵士には映っていた。

暗殺者は何事もなかったかのように朝の光の中へと消えていった。


——————


ハニとの取引は完遂された。

ミケは帰路を急ぐ中、ポルトット帝国へ向かう道中のハニとの会話を思い出していた。


——————


「......ポルトット帝国との同盟の条件はマザークの水源をポルトットの手中に収めて、ランス国の領土をポルトット帝国へと譲り、貿易が盛んだった穀物や鉄の生産にはマザークの人達を使うというものでした...戦争は終わるし、雇用も産まれて悪くない話だとコリンさん達も最初は思ったんですけど....」


ハニの目はどこか悲しげに伏せられていたが、何かを守りたいという気持ちが滲み出し少し肩を震わせながら続けた。


「その対価は見合わず...水源まで管理されるとなると砂漠で生きる皆には不安しかなく、まるで奴隷契約で....」

「...んで、皇帝を殺して、何かがポルトットを狙っているように見せかけると...」

「はい。混乱している間は取引を一旦反故にして、同盟国として帝国の守りを強化する動きを献身的に行えば、取引を持ちかけた皇帝もいないので....」


言葉に詰まるハニを見兼ねてミケが口を開く。


「そのまま対等な関係を築けるのではと考えてるんだにゃ。もし反故ににゃらなかったら?」

「コリンさんは国を捨てて、皆で逃げると...」

「にゃるほど。あの優男が皇帝暗殺を思いついても行動に移すとは思えにゃいにゃ。これはお前が提案したのかにゃ?」


悲しさの中に強い決意を込めた声でハニは言った。


「...コリンさんはタイミングを見計らって逃げるつもりでした。皆が安心して過ごせればそれでいいって。でも、得体も知れない私に優しくしてくれた皆が、戦争で大変な思いをして、それでいて故郷まで捨てるなんて事してほしくなかったんです...

少しでも望みがあるなら..私は血が流れても仕方ないって...それが皆の為になるのなら。」

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