第3話

 翌日、サイディアス=タランデュアス邸へ出向くと、初老の執事長が恭しく出迎えてくれた。

 やしきは、けして華美なものではなく、むしろ質素と言っても良いくらいだ。だが、至る所に静かに佇む美術品が、サイディアスらしさを出していて、少し微笑ましかった。

 案内された応接室。そこには——誰も居なかった。

「は?」というユリシオンの声と、執事長が顔を青ざめさせたのは同時だった。どういうことかとユリシオンが問う前に、執事長はベルを鳴らし、邸全体に響き渡る声を上げた。

「お嬢様を探せ!! 太閤殿下は既にお見えである! お嬢様がに見つけろ!!」

「……は?」

 今度は心底分からない「は?」だ。今、この執事長はなんと言った? 『死ぬ前に』? 笑うには随分ブラックなジョークだ。ユリシオンが、訳の分からない騒動に巻き込まれている内に、執事長は「申し訳ありませんが、少々外させて頂きます」と駆け出してしまった。いやいや、少々外させるか? 仮にも縁談相手を。これは何か有りそうだなと、ユリシオンは執事長の後を追った。

 いくつドアを開け、何度声を上げていただろうか。とある角を曲がった先にある薄暗い部屋に『彼女』はいた。淡く光る金の髪に、月の光をまとわせた銀の瞳。恐ろしいまでの美貌に、ユリシオンは一時静止した。しかし、その手に握られた真っ白く太いロープは天井付近のシャンデリアから吊るされていて、それはそれは頑丈そうに輪を描いて縛られていた。それに首を入れようとでも言うのか、彼女は台座に登っている。

「お嬢様!」

 執事長の掛け声に、ワラワラとメイドと執事が現れる。今までどこかに潜んでいたのかと言わんばかりの素早さだ。

「失礼っ!」

 執事長が懐からナイフを取り出し、令嬢が今まさに首を入れそうだったロープをパツンと切った。衝撃で台座から落ちそうなところはメイドが数人がかりでキャッチする。

 そこまでひと通り見終えたユリシオンの感想はひとつだった。

「君たちは皆、副業で曲芸師でもやっているのか?」

 その質問に関する回答は乾いた笑いだけだった

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