救出作戦!!

第47話 救出作戦、立案中…

 その後、冽花は虎狼軒の女将さんに礼を告げて、店を後にしようとした。……のだが、呼び止められ、店の二階からあらためて『誰にも見られないように気をつけて』外を見るように勧められた。


 冽花は首を傾げつつ、従ったものの――すぐにその言葉の意味が分かった。


「っ、なんだよ、これ……」


 それは。街の至るところに兵士の姿が散見される図であった。

 戻って話を聞いてみると、どうやら冽花を探しているらしい。


「抱水の仕業か」


 抱水の――しいては彼を操っている懶漢ランハンの差し金か、と。

 冽花は渋い顔を作る。


 そこまで自分を捕まえたいのか。否――理屈では分かっている。せっかく契約者がいるのだ。風水僵尸と両方揃えて飼い殺さんとしているのだろう。瑟郎と抱水のごとく。


不是開玩笑的じょうだんじゃねえ。あたしは賤竜に会いにいくんだ。捕まってる暇はねえ」


 唸るように紡ぐと、女将さんは「その意気だ」と頷く。そうして何を聞いていたのやら、やる気満々にドンと自身の胸をたたくなり、「このムーねえさんに任せときな!」と鼻息も荒く告げるのであった。


 そうして、おもむろに冽花を部屋へと連れていき。

 ああでもないこうでもない、としょう(衣装箱)の中身をひっくり返しだした。


 出てくるわ出てくるわの色とりどりの衣服らの山。そうして吟味した品物を、冽花に押し付けだしたのだ。たじたじの冽花であった。

 最終的にはこんな声をあげて、部屋を賑わわせることとなったのである。


「わっ、何すんだよ!? ――そ、そんなとこ触んないでくれ! ……えっ、これがあたし……?」


 そうして、生まれたのが――傍から見るに、大変に奇抜ななりをした、恰幅のよろしい女士ごふじんであった。


 二重三重に着ぶくれさせられ、胴回りは肉饅頭のようになり。はちきれんばかりの身に真っ赤で金刺繍を施された袍をまとい、翡翠をあしらう帯を締めている。とどめに、頭に大きな孔雀の尾羽の揺れる帽子を被っており。

 顔にもこってりと白粉を塗りたくり、濃厚に頬紅をはたき、紅を差し。


 「あんたの男を助けるんだろ!? 加油がんばってきな!」と当たらずとも遠からずなことを言われて、ふらふらしながら、大変に目立つ女士が街を闊歩することになったのである。


 冽花の影も形もありはしない。当然ながら兵士らには素通りされ――なんなら町民にも遠巻きにされつつ、客桟やどに辿り着くこととなったのである。

 そして、探路に無事を祝われ……。


「ぶっ……冽花、対不起ごめん。いや、女性の見た目を笑うものではないって……分かってるんだけどね……!」


「なら、そんなに笑うんじゃねえ!」


 しこたま探路に笑われて、折よくというか悪しというか、ほどなく到着した浩然にも爆笑されるはめになったのであった。

 すっかりむくれながら着替え――だが、怪我の功名だろうか。探路と浩然の出会いは、緊張感も薄れた形でおこなわれたのである。


 もちろん、探路はお馴染みの頭痛に襲われてしまったのだけれど。


「本当に頭痛が起きるんだな」


「っ……まあ、ね。でも、もう慣れたもんだよ。必要な時に耐えるぐらいはできる」


「無理すんじゃねえぞ。お前は昔っから我慢しいなんだから」


「ふふ。っ、ててて。……本当に、僕のことを知ってくれているようだね。嬉しいよ」


 柔和な笑みをうかべる探路に、浩然は目を眇めてみせた。


「……そういうところは本っ当変わらねえんだな。俺以上に三八くちがへらねえ


 唇を摘まみ上げる。目を瞬かせて、探路は浩然を見上げた。もごもごともの言いたげに口元を動かすさまに、鼻を鳴らす浩然。なんというか、こなれた二人組であった。

 そうして、ひとしきりじゃれ合いが済んだ後、二人は向き直った。


「で? あの野郎を助けたいんだって?」


「賤竜な」


「そうだ、賤竜。だが、一筋縄じゃあいかねえぜ? なんつったって、あいつは喜水城に連れ込まれたんだからな」


 浩然はやはり目を眇めて、腕組みをした。一度あの場で散開した彼らであったが、その仲間が賤竜の足取りを追っていたのである。


「喜水城……」


 どこか噛み締めるように探路が呟く横で、冽花も顎をさすった。


「どこか潜りこめるような場所はないかなあ?」


「お前なあ。仮にも城だぞ。領主が住まう城に、ンな抜け道的なもの――」


「あるね」


「あるのか!?」


「いっ、てててて! ――……うん、ある。……僕と……いっ、たぁぁ……! ……誰、だっけ。誰かで、出かける時は……いつも、そこを使ってたんだ……」


 さすがの領主、范瑟郎である。記憶を取り戻してなかろうと、仲間に入れれば百人力だ。情報の出に偏りと、本人が消耗してしまうのが玉に瑕(きず)だけれども。

 牀で頭をかかえて悶え、探路は唸る。そうして、押しだすようにし言葉を紡いだ。


「城の、南東にある取水路に……通れる、場所が……っ」


「ああ。……お前ら、そんなとっから出てきてたのか」


 片眉をあげて、浩然は得心が入った顔つきをした。そうしてその一言を聞くと、探路は息を収めながら、チラリと横目に浩然を見上げたのだった。

 どこか縋るような眼差しをして。


「ちなみに、その『誰か』に心当た――いっっ!」


 浩然は口を開きかけたもののつぐんだ。首を振り返す。


「その様子じゃあ無理だろ。てめえで思い出すまで大人しくしてな」


「……それができたら、苦労はしないよ……」


 弱々しげに瞼を伏せる探路。よほど歯がゆいのか、唇を噛む。傍らに妹妹が現われると、額をそっと撫でた。


 痛ましげに眉を寄せる冽花だったが、切り替える形で言葉を継いだ。


「とにかく。じゃあ、その抜け道からなかに入るっていう算段でいいんだな?」


「いや、待て。それよりも前に、街中に散ってる兵士たちはどうすんだ?」


「あー……」


 間延び声をあげて、窓から外を見た。

 いるいる、うじゃうじゃいる。眉を顰め――ついでに視界のはしに、先ほど脱ぎ捨てた品物らが入ってきたのだが、見なかったことにした。


「屋根の上を通るってんじゃ駄目か?」


「駄目だろ。俺たちが蟲人であるってバレてる以上は。つうか、いま来た時にゃあ、もう屋根にも歩哨が立てられてたぜ」


「うわ、真的マジかよ


 冽花は目を見開く。万全の体制に舌を巻いた。

 そうして……先ほどは目を逸らしたものを、直視するはめになるのであった。


「つうことは……またアレを着ることになんのかよ」


 男性陣は目を向けるなり、また思い思いに噴出していた。憮然とした顔つきで、冽花はとくに浩然を睨みすえた。


「笑うな。噴くな。それに……笑ってるけど浩然、アンタも他人事(ひとごと)じゃないんだからな?」


「うっ」


 浩然は呻き、目を泳がせた。


 男、浩然。実はこの場にいるのは、探路との再会だけではない。

 涙ながらに賤竜を呼ぶ冽花の姿に胸を痛め、また我が身を顧みず冽花を優先した賤竜に男気を感じての、参戦である。


 それがまさか、珍妙な格好をさせられて街を歩かされるはめになるとは思わなかった。

 おもわずと抵抗をしてしまうのである。


「お、俺は――持病の……」


「変装に持病もなんも関係ないだろ」


「そうだよ。っふふ……君ならとびきりの美人に仕立ててもらえること請け合いだ」


「笑ってんじゃねえよ!」


「いへへ」


 柔らかい探路の頬を伸ばしつつ、浩然は怒鳴りつけた。

 だが他に選択肢もない以上、浩然もまた覚悟を決めざるを得ないのである。


「っく、白墨党に林浩然あり、と謳われるこの俺が……!」


「謳われてんの? 荒くれ者集団とは聞いたけど」


「これから謳われんだよ」


「いっ、てて……僕の記憶が戻ったら、存分に謳っ――っツぅ……!」


「いいからお前は休んでろ!」


 こうして、悲喜こもごも和気あいあいの作戦会議は幕を下ろしたのである。

 浩然の仲間が虎浪軒まで走り――女将さんを連れてきたのが、第二の喜劇の始まりだった。


「このムーねえさんに任せときな!」


 冽花は再び奇抜な女士ごふじんになり、浩然はといえば、迫力ある美人に仕立て上げられた。各人、悲鳴をあげながら。


 すっかり他人事である探路は、頭のかわりに大層お腹が痛くなったとか、余談であった。

 誰にも気づかれないように、刹那に、思いつめた表情を浮かべたのも、余談だ。

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