第43話 ド派手な助っ人、林浩然(リン・ハオラン)

「そんでね、話は戻るけど……その探路が、アンタに通じる符合を教えてくれたんだよ」


「……なんだと?」


 青年の目が再び眇められて鋭く光る。冽花は頷きかえす。


「昨日、アンタと抱水の蛇が戦うところを見て、思い出したんだって。……記憶について考えたり、思い出そうとすると、酷い頭痛が起きるんだよ。でも、その中でも思い出して、教えてくれた」


 青年の瞳が見開かれて揺れる。その瞳を見つめながら、なおも冽花は続けた。


「あんたのことについても言ってたぜ、探路。『来てくれるのが誰かは分からない。でも、とても頼もしいヤツだ。そういう気がするんだ』ってさ。だから、あたしらは来たんだよ。力になってほしくて」


 その言葉がきっかけとなった。

 青年の顔に『牡丹の花』の絵図いがいにも、明確な朱がはかれた。唇をきゅっと結んで、俯くとまた勢いよく頭を掻くのであった。


「……っとに、あの人たらしはよォ」


 呻くように告げると、彼はまた腕を組み直した。


「言ってみろよ、お前たちの頼みごととやらを」


「! 謝謝ありがとう。ええとね、抱水に取られた首飾りを取り戻すのに、協力してほしいんだよ」


「抱水に取られた首飾りを? ……またなんでそんな事になってるんだ」


 もっともな疑問に、冽花はきゅっと口を山なりに曲げた。


「元はといえば、あたしが油断したのがいけないんだけどさ。……抱水のヤツが通り魔をしてたんだよ」


「は? あいつが通り魔?」


「たぶんだけど。仲間と一緒にさ。女を囲んでこう……馬乗りになって……血を……吸ってたみたいだったな」


 思い出すのは、燦然さんぜんたる白き鉄扇の火に照らされし顔だ。口元が赤く紅を差したように濡れていた。


 だが、風水僵尸は契約者から体液――活動源を得るものではなかろうか。ふと思い立ち、傍らの賤竜を見やる。


「お前らって契約者以外でもイケるのか?」


『可能だ。ただし、得られる陽気……活動源は、契約者のそれと比べるべくもない』


「そうなんだ。……あれ、じゃあ、抱水は……」


『足りておらぬのだろう、陽気が。契約者とある程度の期間離されているために。満足に必要な糧を得られていぬに違いない』


 淡々とした賤竜と冽花のやり取りを、青年はポカンとした面で見ていた。それに気付き、「悪い悪い」と詫びつつ、冽花は再度彼に向き直る。


「抱水が風水僵尸っていう、特別な僵尸なのは知ってるか?」


「あ、ああ」


「こいつもそうなんだよ。で、あたしがその契約者ってわけ。……話に戻るけども。事情はあったんだろうが、見た感じ、真恶⼼むなくそわるくてさ。それで割って入ろうとしたら……」


 口をつぐみ、おもわず顔をそむける冽花。それを見て、なんとなく青年は察したようだ。


「返り討ちに遭ったってか」


「っ、そうだよ! ……でも、抱水のヤツ言ってたんだよ。『今回は見逃してやる』ってね。だから、もともと狙われてたんじゃないかと思うんだ」


「……瑟郎みたいにか」


 難しい顔をして、青年は唸るように告げた。


 陽零の町に幽閉されていたことといい、范瑟郎が何者かの手にかかり、管理下にあったのは明白である。そうして契約者を失った抱水が――昨日の様子から見るに、領主名代の言いなりになっている。


 このことから導き出される、きな臭い存在は。


「ロクでもねえことばかりしでかすとは思ってたが。まさか瑟郎にまで手を出してるとは思わなかった」


 枯れ木を折るような音をたてて、青年は両手の関節を鳴らす。その蟀谷(こめかみ)には青筋が浮かんでいた。

 だが彼はすっと息を吸い、冷静さを取り戻すと、冽花をまた見やってくる。


「なるほど。で、『見逃してやる』って言われたかわりに、首飾りを取られたのか」


「そう! ……大事なものなんだよ。どうしても取り戻したくて」


「なるほどな。――分かった、一枚嚙ませろよ」


「!! 多謝ありがとう!!」


「ただし、条件がある」


 勢いよく青年は指を突きつけてきた。冽花は面喰らい、目を寄り目にして見つめる。


「じょ、条件ってなんだ?」


「簡単なことだ。事が済んだら瑟郎に会わせろ。そうじゃなきゃ俺は動かねえぞ」


「……!」


 冽花は目を見開かせた。おもわずと青年を見返すと、今度は先の冽花のごとく、青年のがわがそっぽを向いた。指をひいて頬を掻く。


「いつまた攫(さら)われっちまうとも限らねえだろ? 念のためだよ、念のため! ……それにしても、よく追手に今まで見つかんなかったもんだ」


「あー……そうだな。特別隠してもいなかったし……あ、でも。ついこの間まで、ご巡幸効果で人の出入りが多かった。それに偶然重なる形になったんだよ、移動が」


「……なるほどな、敵の目が届ききってねえってことか」


 得心が入った様子で青年は頷き返した。そうして、腰に手を当てる。


「なら、尚のこと今のうちに面ぁ見せてもらって。同志らに守ってもらうに越したこたァねえな」


「同志ら?」


「白墨党の同志たちだよ。……瑟郎はな、俺たち蟲人の、思想の自由についても目溢めこぼしをする。そういう領主だったんだ」


 告げ終えた後に、むずりと口元を揺らし歪める。

 再び頬を掻いて、視線をそらす青年に、瞬いた後に――冽花は思い至るのであった。


「素直じゃねえなあ」


「んっ。閉嘴うるせえ、そんなんじゃねえ!」


 目をひん剥いて吼える青年に冽花は笑い返す。どうじに、今は客桟(やど)で休んでいる探路に、胸の内で語りかけるのであった。


 ――探路。アンタの名前と帰るべき場所、見つけたよ。アンタを大事に思ってくれてる人達もいる。帰ったら教えてやるからな。


 そうして、冽花は口を開く。肝心の『頼みごと』についての打ち合わせを青年とすべく。


 青年――林浩然リン・ハオランと名乗った彼と話を始めて、間もなくのことである。


 まさかの決行が当日の今日。それも夕刻であり。明らかに多勢に無勢で待ち構えられているだろう状況に度肝を抜かれ、叱られながら、話を進めることとなったのである。

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