第42話 ド派手な助っ人登場……と、探路の秘密

 そうして、冽花たちは動きだした。

 例によって傘をさした賤竜をともない――花屋で赤い花の鉢植えを買い、言われた通りに萬福の看板下に置いた。


 それからきっかり二刻(四時間)後の、太陽も燦然さんぜんと輝きだす時間に、金華通りの奥へ奥へと入りこんでいき――やがて、閑散とした裏通りの袋小路に出たのであった。


 訪れてみて、一見して人らしい姿は見かけられなかった。


 冽花と賤竜は辺りを見回しつつ、まだ見ぬ待ち人の到来を待つ。

 とくに冽花などは、緊張で高鳴る胸の鼓動を抑えきれなかった。


 誰も来なかったらどうしよう? 話を聞いてくれなさそうなヤツだったらどうしよう?


 でも、探路は『とても頼もしいヤツだ。そういう気がする』と言っていたし。


 冽花の緊張が頂点に達しようとする時。そう、ぴったり二刻が過ぎんとする頃である。


 ふと彼女は頭上の屋根を打つ軽快な靴音を聞いたのであった。賤竜もまた反応し、顔を上げる。

 だが、その時にはすでに足音の主はその身を宙へと躍らせていた。


 冽花は息を飲んだ。その姿に見覚えがあったことと――その身なりが、ど派手にも程があったからであった!


 向かい風をうけなびく短髪が、陽光に煌めく。金混じりの茶髪である。

 彫りの深い顔には、くっきりと色鮮やかな『牡丹の花』の痣が浮かんでいた。腰からは毛深く長い尻尾まで伸びている。


 長躯にして偉丈夫。蟲人こじんである。


 この街に来た当初、水蛇とやり合っていた者であった。

 しかも、白墨党はくぼくとうなる荒くれ者集団の構成員だと言われている彼が……袋小路の入り口をふさぐ形で、降り立ってきたのであった。


 手を突きしゃがむ形で衝撃をいなし、緩慢な動きでこちらを見上げてくる。


 なにやら険しい顔をしていたが――ふとその目が丸まる。二人の周囲を見回し、鼻筋に皺をよせて、怪訝げな表情をうかべた。そして話しかけてくる。


「おい。瑟郎シーランはどこだ?」


「え?」


「だから瑟郎だよ。あの符合はあいつと抱水しか知らねえはずのもんだ。お前ら、どこでそれを知った? それとも、抱水の使いなのか?」


 瑟郎。突然に告げられた知らない――否、聞き覚えはあるものの、この場で咄嗟とっさに思い出せぬ名に、ポカンと冽花は口を開く。その様子に、青年は癇性かんしょうに眉を跳ね上げる。


 舌打ちをし、立ち上がったので、すかさずと賤竜が冽花の前に割って入った。かわりに言葉を継ぐ。


『瑟郎とは、この街の領主、范瑟郎ファン・シーランのことか?』


「そうだよ! それ以外にあり得ねえだろ!?」


 間髪いれずに返る答えに、賤竜と、冽花は顔を見合わせた。

 ……恐らく、思うところは同じだったに違いない。


 脳裏によぎるは、『名前はもちろん、家族のことも、どこで何をして生活していたのかも分からない』と言っていた探路の姿であった。


 そうして言葉を失くす二人に、なおも眉を逆立て、青年は怒気を露わにする。

 だん、と一度、通りを音高く踏みつけるなり、ぐっと体を低くし、今にも飛びかからん勢いでもって吼えたててきた。


「質問に答えろよ、おい! お前ら、どこのモンだ!? なぜあの符合を知ってる!? ……っ、事と次第によっちゃ、知ってること全部洗いざらい吐いてもらうぜ!」


 見る間に戦闘態勢にはいる彼に、冽花は我に返る。慌てて手を突きだし叫んだ。


「ちょ、待てよ! 待ってくれ! あたしらは争いに来たんじゃない!」


「だったら――!」


「説明をさせてくれ、頼む! 正直、あたしらも頭が追いついてない部分があるんだ!」


「あァ!?」


「頼む、お願いだ! けっして怪しいもんじゃ――……っ、保証する手なんざないけど……アンタに、頼みがあって来たんだよ!」


「頼みだァ!?」


「そう! ……困ってるんだ、すごく」


 ここに来て、冽花は苦い顔をした。

 昨日の苦い失態を思い起こしたからである。同時に首飾りへの思い入れも。

 自然と眉尻はさがり、声音も落ちた。


 そんな彼女の様子に、青年は虚をつかれたようである。瞬くなり、つかの間に見つめてから顎を引いた。天を衝いていた尾先が、ぴくぴくと左右に揺れだしていた。


 戦闘態勢は解かないまでも――少しをおいて顎でしゃくってみせてくる。


「なら、言ってみろよ。その頼みごととやらも合わせて全部。その代わり、ちょっとでも嘘ついたり誤魔化そうとしようもんなら、タダじゃおかねえからな」


「っ、多謝ありがとう……!」


 冽花はおもわず拱手きょうしゅで応じた。そんな彼女の姿に、やっぱり青年は虚を突かれたようだ。

 頭を下げるとボリボリと音が聞こえてくる。顔を上げれば青年が頭を掻いていた。手をひらつかせて、さっさと話せと促してくる。


 冽花は頷き、口を開いた。自身の胸に手を当てて、まずは自己紹介から始めていった。


「名乗るのが遅れちまったな。あたしは冒冽花マオ・リーホアだ、こっちは賤竜。わけあって一緒に旅をしてる」


「ふぅん。旅人の……冒冽花に賤竜な」


「うん。で、旅の仲間は他にも二人いる。一人はあたしの相棒でもある妹妹だ。――あ、あたしも蟲人なんだよ」


「へえ?」


「今は相棒がもう一人の仲間についてるから、耳も尾も出ないけどね。猫の蟲人だ」


「猫、か。ふぅん」


「で、もう一人が、探路ってあたし達は呼んでる人だ。……記憶がない。それから、足が萎えて今は動けない人だ」


「またなんだってそんな、厄介極まりないやつを抱えこんでんだ?」


 歯に衣着せない、しかしもっともな疑問に、冽花は唇を曲げた。


「探路は厄介なんかじゃないぜ。あたしよりうんと頭がいいし、だから話すことも上手いんだ。目端が利いてて助けられることも多い。――探路とは陽零の町で知り合ったんだよ。……正しくは『一緒に街から逃げだした』んだけどね」


「……何があったんだ?」


 冽花は陽零の町であったことを掻い摘んで教えた。蟲人狩り、という時点で青年の目の色が変わったが、彼はどうにか怒りを収めたらしい。

 毛羽立ったままだが尾が再び揺らめきだす。青年は顎をさする。


「なるほどな。蟲人狩り……それに血を」


「そう。酷いもんだよな。あたしらをなんだと思ってるんだ」


 おもわずと拳を握りしめる冽花を見て、青年は目を細める。

 今は猫耳も尾もない冽花だが、あの時を思い出すと、ない尾が膨れる思いがするのであった。息を吸って吐き、どうにか気持ちを鎮める。そうして話を続けていく。


「そんでね、その時に……たくさんの蟲人から助けを求められて、怒られて困ってた時に、声をあげてくれたのが探路だった。探路はあたしにとっても恩人なんだ」


「……なるほどな」


 ふと相槌をうった青年の穏やかな声色を聞いて、冽花は瞬いた。

 その表情は来た時と比べるとだいぶ軟化して見えた。いつしか戦闘態勢も解いて、腕組みしては耳を傾けてくれていた。


 冽花はここいらが決め時だと判じる。そして言葉を紡いだ。

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