第39話 真恶⼼(むなくそわるい)ものの発見

 ――明るいところと暗いところが本っ当分かりやすいな。


 冽花は走りながら思う。


 これまでの町は夜になると全体的に寝静まっていたものの、さすがは福峰である。

 夜半でも明かりが灯っている区画は健在であり、猫の夜目もつ冽花には、真昼の輝きが地上に残っているように見えた。暗く静まった場との対比が著しい。


 目標の食べ物屋台の通りは明るさを帯びている場である。早速向かうことにした。


 風のように冽花は駆け渡る。体を低くし、屋根と屋根を駆け、飛び移って、時に転がり、また起き上がる。細い足場も尾で上手く均衡バランスをとって滑らかな足取りで渡っていく。


 そろそろ初夏の兆しが滲み始める夜風は気持ちよく、ほのかに水の香りがした。


「いい夜だな」


 冽花は上機嫌であった。


 そうして、あっという間に食べ物屋台の通り付近にたどり着くと、耳と尾を消して、屋台の物色に移った。


 昼間は選ばなかったものも捨てがたかったし、夜にのみ出ている店のものも目を惹く。

 冽花は悩みになやんで、糟鶏ザオジー(茹で骨付き鳥の酒粕ベースのたれ漬け)と茴香豆ホイシャンドウ(茴香、陳皮で味付けしたソラマメの煮物)にした。酒が飲みたくなる逸品であった。


 持って帰ろうとしたのだが――ほこほこ熱々の茴香豆(ホイシャンドウ)の香りに負けた。


 独特の香りがあるものの、冽花は好きな方であった。一つ摘まむともう止まらなかった。


 お行儀悪く歩きながら糟鶏ザオジーにもかじりついてしまう。たれに二日も漬け込んだという触れ込みの肉は、柔らかく皮はぷりっぷりである。ずいまで夢中になってしゃぶり、舌とお腹が喜ぶのに熱中してしまった。


 そうしながら、通りをなんとなく見物しつつ歩いていたのだが――ようやくホッと人心地ついた頃には、通りの果てまで来ていた。


 冽花は瞬いた。目の前には、闇に濡れそぼる静かな通りが広がっており、後ろには変わらずに賑わう屋台通りが存在する。


 お腹も満たされて、また酒を使う食べ物を食べたためか、体がぽっぽと暖かかった。

 少しだけ静かな場で夜風を浴びたくなった。

 最後の屋台の屑籠へと手にしたものを放ると、静かな通りへ足を進め始めた。


「はぁ~、美味かったなあ」


 腹を擦って、やはり上機嫌の冽花である。少しだけ地上を歩いて、お腹が落ち着くのを待ってから、屋根へと登ろう。そうして帰ろう。そんな心づもりであった。


 異変を感じたのは、程なくののちだ。


 冽花は通りのおくで、細い悲鳴がかき消されるのを耳にしたのであった。

 確かに聞いた。女の悲鳴であった。


 冽花はぴくりと眉を跳ねさせては寄せる。しばし考えた後に、最寄りの角を曲がったのであった。


 通り魔か、あるいは質の悪い恶棍ごろつきか。いずれにしろ、気分のいいものではない。


 ほんの気紛れであった。

 せっかくのいい気分を台無しにされたくない。あとは少しの驕(おご)りが彼女を突き動かしていた。探路にも告げた通り、たかを括っていたのである。


 ――どーせフツーの一般人だろう? と。


 大股に足を進めていくと、揉み合うらしい物音が聞こえた。


 小さくか細い呻き声と苦しげな吐息。口を押さえられているのだろう。それから湿った、仔猫が皿のミルクを飲むような水音が響いている。


 鋭い冽花の聴覚だからこそ、拾うことができた情報だった。


 さらに足を進めると、予想通りの光景が広がる。


 総勢五人の男が、一人の女を手籠めにせんとしていたのである。

 見張りが二人、女の手足を押さえる者が二人、馬乗りになる者が一人。


 ――真恶⼼むなくそわりぃ……っ。


 舌打ちまじりに歩み寄っていくと、その全容があらわになった。


 女に馬乗りになっている者は、奇妙なことに目深に外套を被っていた。そうして、女の腹の上に腰をおろし、前のめりにその顔を――。


 見張りの者が一歩を踏みだし、下卑た笑みをうかべて口を開いたので、そちらへ冽花は瞳をむけた。


「見せもんじゃねえぞ、消えな。それとも……混じりたいのか?」


 冽花の瑞々しく引き締まる体を見て、だらしなくその目尻が下がる。フンと冽花は鼻を鳴らし、後足をひいて腰を低く落とした。

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