第27話 舞踏から武闘への誘(いざな)い

 その演舞『奉納の舞』は太陰つきの輝く夜に、飾りつけられた土舞台でおこなわれた。


 最前列に誇らしげに貴竜を見やる皇太子、宝保の席があり、彼らの傍らに貴賓席があり。そこから丸く円を描くように規制の輪が敷かれて、規制を担当する兵士たちは、みな手に『藍染に龍の金刺繍』の旗を握っていた。


 そうして、規制の輪に添うように観客たちが詰めかけており、その観客たちのなかに冽花はいた。今回はきちんと貴竜の姿が見られるような位置取りを心がけて、目を眇めて、彼の一挙手一投足を見つめていた。


 土舞台の中央に立つ貴竜は、ひと言で言い表すに『氷肌玉骨ひょうきぎょっこつ』であった。本来は女性に用いる美称であるものの、まさに今の容貌は『中性的』と言って差し支えない。


 土舞台の黒のうえに立つ、白皙はくせきの佳人。


 藍玉サファイアをあしらう銀の髪飾りを差し色にした髪は、それ自体が真珠の輝きをはらんでいる。太陰の光を浴び、煌々と濡れるような光をうかべて艶めいていた。


 元より目元のくっきりとした吊り目の童顔にも、化粧を施している。

 額に聖なる蓮の赤き印を入れて、目元にも赤を。唇もまた、露をふくめた蓮の花びらのごとく赤い。白くゆったりとした衣装にようよう映えていた。


 彼が目を伏せる。その一挙動だけでも、おもわず息を飲むほどに艶めかしい。


 白き麗人。紅顔の美少年。そのどちらもが当てはまる、性別をこえた美しさを彼は持ち合わせていた。


 スッ、とその身が低くしゃがめられて掌が地面につく。始まるようだ。


 地を震わせる太鼓の音が厳かに打ち鳴らされだし、少しずつ楽隊が柔らかい音域の音を奏でだした。


 貴竜は愛おしげに地面を撫でると、その手を頭上まで持ち上げながら上体を起こした。高く浮かせた片腕とつられてあげるもう片腕とを、連動させるよう波打たせる。


 高く足を上げ、トン、と地を踏み鳴らし、たっぷりとした袖の布地をたなびかせて回る。


 一度止まって、再び両手を浮かせて、太陰つきを見上げると、反対回りにくるくると何度も連続して回る。その姿は暗夜に咲く昙花ゲッカビジンの如しである。


 その掲げた両手に白き炎が燃え上がるのに、冽花ふくめた周りの観客はどよめいた。


 陽気の炎。それを両手に灯した貴竜は、艶めかしく波打たせる両手を交互に突き出した後に、軽やかな足取りで土舞台を駆けた。


 トン、と片隅で足を止めて、靴底を柔らかく擦らせて円を描くようにし、身を伏せての、その手を土へ――大地へと触れさせる。手の炎がふわりと解けて、大地に溶けていく。


 すると、貴竜の手元を起点に、柔らかい緑の下生えがはえるのであった。


 観客たちは息を飲んで歓声をあげる。


 再び身を起こした貴竜は、また舞台上を駆けまわり、時に回っては白き花と化しつつ、大地に陽気を――目に見えた恵みを与えていった。


 冽花はその姿を見て……その奇跡に驚く傍らで、静かに歯噛みをおこなった。


 賤竜はこんなことができるだろうか、と比べたのである。


 冽花が見たのは。否――夢で見てきたのは、どれも破壊をもたらす姿ばかりだ。


 こんなことが賤竜にもできていたなら。厄介な神として廟に閉じ込められることもなかったのだろうか。三百年もの間、人目に触れることもなく。義弟や義妹と離れ離れになることもなかっただろうか。


 風水僵尸。その陰型と陽型の違いとをまざまざと自覚して。


 そう、そんな時機タイミングにて。


 おもむろにまた身を起こした貴竜が――冽花たちを、見てきたのであった。


 その足が円を描く柔らかさを失い、滑るように後足をさげて、腰を落とす。両腕が軽く折り曲げられ前後し構えられて。


 この、構えは。


 冽花はぞくりと背を震わせた。


 明らかにそれまでの演舞の構えとは違っていた。


 この姿は。


 固まった冽花の前で、貴竜は口を開いた。


『さて。お務めもそろそろ終わりが近い。だが、いい機会だとは思わないか?』


 そう、よく通る声で告げてくる。


 周囲が異変に気付いて、ざわめきだした。


 貴竜の視線の先にいる――冽花、そうして賤竜へと、皆の注目が集まりだすのだ。


 貴竜は掌を上に片手を伸ばし、小指から順にゆっくりと折って手招いた。白い粒の揃う歯を覗かせる。その牙までむき出しにし笑う。


『俺たちの本領を見せ、かつあんたの再稼働を世に知らしめるのに、またとない好機だよ。なあ――哥哥あにきよ。久しぶりに“遊ぼう”』


 そう告げると同時に、その身は白き炎に包まれた。

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