貴竜公様のおなり!
第25話 貴竜公の到着
その日。
ついに待ちに待ったご巡幸の始まり――皇太子らの一団が到着したのである。
その入場は実に華々しいものであった。
一分の隙もなく隊列を組んだ兵士たちを引き連れて、絢爛なる彩车(山車)が町を練り歩いていく。翻るは、現皇室において聖なる色――
行く先々の地面に花が撒かれ、景気よく爆竹が弾ける。腹に響く勇ましい太鼓の音と、楽団の奏でる音楽にしたがい、彼らは進んでいく。
並みいる群衆は黄色い声をあげて、『皇太子さま万歳』を唱える。
それに満更でもない笑顔で手を振って
そうして――あまりにも多くひしめき合う人だかりの中、それでも気張って冽花たちは観覧に乗りだしていた。主に冽花が
「……っ、見えねえ。賤竜、見えるか?」
『是』
「そっか。っ、あたしはどう足掻いても見えやしねえよ。屋根……は、やっぱ駄目だよな」
『是』
「うおおっ、押される押される!!
『是』
群衆の熱狂と押し合いへし合いに打ち勝つのには、冽花は些か小柄で薄っぺらすぎた。賤竜という堤に掴まり、その場に留まるのが精いっぱいだ。
お言葉に甘えてその裾を掴み――その直後に、どん、と背中を押されて、硬い胸元に顔から突っこんでいく。鍛えられた胸筋は容易と冽花の柔らかい鼻を押しつぶした。
くぐもったうめき声をあげて、顔をしかめると、八つ当たり気味に賤竜の胸をはたく。
『いっってぇ~……っ、ンだよ、この硬さはよ! 岩みてえじゃねえか!』
パァン! と景気よく音も鳴る。張った平手のほうが痺れるというものであり。なおも顔をしかめて睨みすえていた後に――ふと、妙案がうかんだ。
「お前の胸、支えにちょうどいいな。ちょっと使わせろよ」
『是』
しっかりとした胸板に手を当てて、踵を浮かせる。何度も伸び縮みして、今一度観覧を試みてみる。
と。ふと、目の前をさえぎる頭が塩梅よく揺れて、チラリとだけ真珠色が見えた。
「あ?」
冽花は目を疑った。
彩车(山車)の上で気紛れに愛想を振りまいていた貴竜が、折しもちょうど、こちらを向いていたのである。
笑みまじりのその瞳と、視線が交わった、ような。
だが、一瞬のことであった。目の前の頭が再び元に戻り、快哉を叫びだす。
冽花は茫然としていた。ほんの偶然だったかもしれないけれど。夢の中でのみ見てきた存在が、そこにいる。もうすぐ近くまで来ている。
その夢か現か分からない現状にしばし呆然として、その間に太鼓と楽の音が遠ざかったのである。その場に純粋な喧噪のみが残った。
ようやく、ひと心地がついたような気がして、冽花は溜息をついていた。賤竜から離れ、軽く伸びをし、凝り固まった体をほぐす。
「んっ。――……行っちまったな。見れたか? 賤竜」
『是』
「……さっきからお前、『是』しか言わねえな?」
『是』
「…………心ここにあらず、か」
ふと見上げた先にいる賤竜は、いつも以上に茫洋と、硝子球のような目をして。義弟が去った方角を眺め続けていた。
感動か、呆然自失か。悲喜こもごもであろうか。
三百年ぶりに姿を垣間見た義弟は――賤竜の目に、どんな風に映ったのだろう。
少しだけ思いを馳せてから、冽花は賤竜の手首を取った。血の通わない冷たい手を掴み、熱狂冷めやらない群衆から連れ出そうとした。
その時であった。
ふと、何気なくすれ違う男性が――低い声を発してきた。
冽花は耳を疑った。
「『奉納の舞、特等席で見せてやるから来いよ』――貴龍公からの言伝だ」
目を見開いて、慌てて振り返ると、その人物は瞬く間に雑踏へと溶けてしまった。
冽花は狐につままれたような思いを味わっていた。
おもわず思い出したように頬を――否、先ほど潰れた鼻の頭を軽くつついてみると。
「いてっ」
夢でないことが分かったのである。
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