素直になれない男心

第18話 貴竜様のおなり?の兆し

 その日辿り着いた漣建れんけんの街は、町全体がどこか浮足立っているようであった。

 やはり小舟に揺られて川を下り、足を踏み入れた途端に、冽花らは首を傾げていた。


「なんだってんだ? この賑わいは」


 船着き場から見える通りからして眩しいのである。無数の赤提灯と金房をつけた藍提灯とで飾りたてられており、傍らを行く人の数も多い。


「祭りでもあるっけ? いや、でも、そんなことは聞いてない――」


 ぽかんとする冽花に、連れてきてくれた船頭が気付いて、話しかけてきた。


「あんた達、どうした。行かないのかい? んな鳩が豆ぶっつけられたような顔しやがってよ」


「いや……なんか妙に盛り上がってるように見えるからさ。気になって」


「あァ? 知らないで来たんか?」


 目を丸めた船頭は、煙管を取りだしつつ応えてくれた。


「近く、皇太子様がおいでになるんだよ」


「っ、え。こ……!?」


 思わぬその台詞に、耳を疑う冽花であった。


 皇太子ってあの皇太子か、と。藍王朝きっての蠢笨ばかものと称されている――否、我らが皇子様が起こしになるとは。多少は大きいとはいえ、こんな地方の町に!


 言葉を失くす冽花に興がのったらしく、船頭はなおも言葉を続けてくる。煙管に火種を詰めながら頷いて。


「そろそろご巡幸の時期なんだよ。皇太子様の巡視と、貴龍公きりゅうこう様の祭祀舞さいしまい奉納をも兼ねたソレがな。かのお歴々の道程は幾つかに分かれるんだが、今年は有難いことに漣建の街も含まれていてねえ」


「ああ。……って、えっ。貴龍……公、様も?」


 さらりと聞き流しかけてしまったものの、冽花は顔色を変える。


 聞き捨てならない名が聞こえたような気がするが?


 目を瞠って泳がせる彼女に、事もなげに船頭は頷き返した。


「そうだぜ。この時ばかりはおでましになるんだよ、天子様の掌中の珠がな。んでもって、豊穣祈願の舞をしてくださるんだ。向こう数年は本当に豊作になるからな、有難いことだ」


「へえ……」


 冽花は合点が入った間延び声をあげていた。賤竜を見やる。


 土地に影響をもたらす風水僵尸である。まして、当人が『契約者の利潤、ひいてはその利益還元による万民の継続した利潤獲得を、本旨としている』だのとのたまっている。


 土地を富ませて民を富ませる。

 そういった運用こそが、本来の彼らの使い道なのかもしれない。


 冽花には、理解の及ばぬことだけれど。


「そういった理由で、お祭り騒ぎなんだよ。あんたらも楽しむといい」


 ひとしきり話し終えて満足したのか、片目をつむり、船頭はその場を去っていく。

 視線に気付いて顔をむけてきた賤竜――傘をさし、探路を抱えている彼と、冽花の三人だけがその場に残った。


 一番に口をひらいたのは、探路であった。


「いやはや、大変なことになったねえ」


 のほほんと狐のように細目をほそめて告げる。今日もその声は柔らかく通る。

 あれからまた少し日が経ち、少しずつ丸みを帯びてきた顔を冽花へとむけるなり、首を傾げてきた。


「貴龍公っていうのは君らの尋ね人だろう? 冽花。まさか、大手を振って、むこうから訪れてくれるとはね」


「ああ。真的マジで驚いたよ……」


「けれど、好機チャンスだと思うよ。警備は厳しいだろうけれど、ご巡幸中ならお披露目も幾つもあるに違いない。会って話すことこそ難しいだろうけど、姿をひと目かいま見るぐらいはできるんじゃないかなあ。……賤竜も、気になるんじゃないかい?」


 ふと水をむけられて、賤竜は首を傾いだ。


『気になる。……此にさような恣意的しいてき感情は存在しない』


「自分勝手なんてことはないさ。気になる、会いたいものは会いたい……自然な、感情の摂理だよ。三百年ぶりなんだろう?」


 賤竜はその言葉に閉口した。おもわず、といったようにも見えたし、意図して口をつぐんだようにも見えた。


 冽花はその様子を見て、いつも見る玉環ユーホンの記憶を思い出していた。


 黄色い砂塵の舞う荒野にて、玉環が彼に踏みこんで訊ねたおりの場面を。


 ――痛みを感じていぬわけではない。思うところがないわけではない。


 明確に口に出さぬだけで。そうして、表に出さない『本当のこと』を告げられた際に、彼は口を閉ざすに違いない。


 冽花は深く、今の賤竜の姿を胸のうちに刻んだ。


 彼は『会いたい』のだろう。対なる風水僵尸に――元義弟である青年に。

 そして、冽花は決心するのだ。


「賤竜。どういう風に貴竜たちが動くのか、調べるぞ」


『冽花』


「絶対に見せてやるよ。会わせてやるから」


 ふんす、と鼻息も荒い冽花と、見つめ合う賤竜であった。


 だが。


「ふふっ、そうこなくっちゃあね。まあ、その前に……お腹が空いてしまったから、僕は昼食を摂るのに一票投じるとしようかな? 人是鉄はらがへっては飯是鋼いくさはできぬと言うしね」


 やんわりのんびりとした声が、続けて重ねられた。


 探路、こういうところがあった。自分で焚きつけておきながら、この奔放ぶりである。

 鼻息も荒く肩をいからせていた冽花は出鼻をくじかれ、おもわずジト目になってしまう。探路を見遣るのであった。


 だが、その時であった。


「お前なあ、探――……、っ!」


「おや?」


 言われて思い出した、というように鳴く腹の虫に口をつぐんだ。


 音源をたどり、探路は瞬く目を冽花へとむける。賤竜もともに硝子球の目を向けている。

 冽花の腹に。そうして、低く淡々とした声色でのたまうのであった。


気水血きすいけつの流れは正常である。脾胃ひい(五臓の脾、六腑の胃を総じて称したもの)、肝(体の諸機能を調節する器官)、ともに問題はない。よって、今の事象は適当――』


 要するに、健康そのものであるのだから、腹が鳴くのも穏当だ、と。


 賤竜なりに助け舟を出そうとしたのかもしれない。だが、あまりに事務的かつクソ真面目が過ぎた。ただただ冽花の羞恥を煽るのみであった。


「う……閉嘴うるせえ~~!!」


 真っ赤になって拳を振るい、賤竜の肩を叩きにいく冽花。

 そんな二人の姿を見て、これまた莞爾かんじと笑っている探路の姿があるのであった。

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