守骸伝

第10話 これが風水僵尸だ、と骸は告げる

　食事をした後、冽花たちは町へと繰りだしていた。

　旅をする準備をするためである。

　大きな目標として、『賤竜を龍脈に還す』ということが挙げられるものの、その下準備として必要なのであった。理由は二つある。

　一つは『彼と対であり、妹妹の哥哥（あにさま）でもある、貴竜に会う』こと。そして、もう一つがこれだ。

「一番近くでアンタの仲間がいるって言われてるのは、福峰だ」

『福峰』

「うん。水の都って言われている場所でね、近くに大きい湖があって……その水を町中に水路で引いているんだよ。そこの僵尸は抱水（バオシュ）ってやつだ」

『ああ。抱水か、なるほどな』

　こういうことであった。

　彼には貴竜以外にも、しめて八体の仲間が存在する。

　これは賤竜の側から告げてきたことであった。今の同胞たちの近況が知りたいという。

　冽花も――というよりか玉環が、もともとすべての風水僵尸の龍脈への帰還を旨としていた。そのため、彼らの現状を知れるという意味でも、渡りに船であった。

「どういうヤツなんだ？」

　それは興味本位の質問であった。冽花が見ている夢はいつも玉環視点のため、基本的に玉環が経験した場面の、ほんの一部しか垣間見ることができない。

　それでも、幾人かはそれらしい者たちを見かけていると思う。そんな具合であった。

　脳裏に該当しうる者たちを思い浮かべながら賤竜を見やると、彼はふと首を巡らせた。

　差している日傘をちょいと上げるなり、ちょうど――水夫らに指示を出している上役がいたので、それを瞳で示した。

『抱水は文官……ないし役人気質の風水僵尸である。事務処理能力に優れ、かつ、様々な分野への知識の造詣が深い。内政の補助をさせるのに適した性質を持っている』

「はあ……つまり、頭がいい切れ者で、ああいう……なんて言うの？　管理する仕事が、向いてるってこと？」

『是。教え覚えさせれば、業務面での他との連携・行動も、自律して行えるほどの能力の高さを持っている。さらに忠誠心に厚く、与えた仕事は必ず果たす。故に、奴をそうして運用している契約者は何人もいた』

「へぇぇ。つまり、お偉いさんを手伝える凄い僵尸ってことなんだね」

『是』

　あまりにざっくりとした理解となる冽花であったが、大筋は掴めている。賤竜は頷き返した。

『また、奴の力は水に起因している。故に福峰での運用は理に適っていると言える』

「ああ……そっか。力を活かしやすいってことだもんな？」

『是。契約者への利を最大限に生みだしうる環境だと判ずる』

「契約者への利？」

『是。此らは風水僵尸であるが故に。契約者の利潤、ひいてはその利益還元による万民の継続した利潤獲得を、本旨としている』

　冽花は、その言葉を聞いた瞬間、唇を曲げてしまった。

　風水僵尸（ふうすいきょうし）。僵尸。それは、骸から化した妖しである。

　そうして、玉環はいつも夢でこう言っている。

　“『私』の忠実なる僕（しもべ）にして、無くてはならない力であり、道具だ”と。

　――死んでも他の奴らのシアワセのために、使われてるってこと？

　玉環の認識に、思うところがなくはない。だが。なぜ彼女が、あれだけ彼らを還したがってもいたのか。『正しく死なせてやろうとしていた』のか。その一端に触れた気がした。

『冽花。その表情の意図を伺っても？』

「駄目。今は駄目」

　だが、何も言わなかった。ここで賤竜に噛みついても詮なきことである。

　風水僵尸はそういうモノなのだと。そういう在り様であり、また、他ならぬ賤竜がそう考えていることが、その口ぶりから伺えてしまったからだ。

　しかし、苦虫を嚙み潰したような面を易々と改めることもできなかった。

『そうか』

　こうして気にすることすらも、自分が契約者であるからに違いない。あれだけ手厚く世話をしていた玉環ですら、『契約者、藍玉環』になったのだから。

　十把一絡（じっぱひとから）げの一人だから、こうしてすぐに言いなりになり退くのだと。

　一緒にいることで、夢いがいに実際に彼のことを知ることができた気がして。浮かれてしまっていたことを自覚し、舌を打った。

　だが、今度は賤竜は訊ねてはこない。冽花がそれを望んだからであった。

　唇を山なりに結ぶまま、ほどなく黙ってその場を移動しようとする。何か心境を変えるきっかけが必要であった。

　しかし、その要因は思わぬところで現れた。