守骸伝

小さな町の大きな秘密

第9話 陽零の街の朝

　寝起きを簡単に整えて部屋から出ると、開口一番、賤竜に『その身に何が起きたのか、子細な情報提供を』と訊ねられた。

　何を言っているのか分からなかったが、ひょこりと顔を出した妹妹（メイメイ）が、ばつが悪そうにしながら自身の目を指さしてくるので、すぐに合点が入った。

「平気。妹妹の夢を見ただけ。いつもこうなるんだよ」

　未だ次々とあふれて止まらない涙を袖で拭うと、ひと言、『腫れる』と言われる。そんなことを言われても、しばらくは止まらないのである。

　そのことを伝えると、少し黙した後に『食事と飲料物、また、目を冷やすための諸々の品を提供してもらってくる。部屋で待て』と言い置いて、背を向けられた。

　ぽかんとする冽花であったが、その気遣いは素直に有難いので、部屋で待つことにした。――居場所を変えても、淡々と奉仕し続ける賤竜である。

　ただいまの二人は先の山小屋を出て、最寄りの街、陽零（ようれい）の客桟（やど）へと移っていた。

　部屋に戻ると、窓から外を眺める。

　冽花らの部屋は二階であるため、少し顔を上げると、町の情景をおおよそ垣間見ることができる。

　小さくも活気にあふれた町であった。冽花らが潜伏していた里山の裾野に存在しており、山から流れる川を水源にし、渡し船や辻馬車などの交易が細々とおこなわれている。

　見ていると、通りには小さい露店を開く人。それを品定めする人。渡し船や馬車への荷物を運んでいる人。旅人風の人。行き交う人々は千差万別であり面白い。

　ぼうっと滲む視界を、時おり瞬かせて壊しつつ眺めていると、ふと聞こえてきた歌声に目を下ろした。

　客桟の外で何人かの子どもらが戯れている。

　冽花も知っている童謡を歌い、地面に石で絵を描いていた。

　上から見るとよく分かる。龍の絵だ。長い長い体で渦を作り、とぐろを巻く中心に葉を抱いている。

　冽花は自然と子どもらの声に重ねるように、歌を口ずさんでいた。

「蓮の葉いだいた大龍（だいりゅう）さま

　きらきらおめめで　みているよ

　大事な大事な葉っぱのうえに　一十百千万　いっぱい！

　きらきら輝く　子どもたち」

　それはこの龍盤で信じられている神話をもとにした歌であった。

　この地は驚くほど大きな龍のとぐろの中に存るのだという。

　龍が抱えこんでいる、これまた大きな蓮の葉っぱに水滴が一つ。その水滴に浮かぶのが、自身らの住む陸地であるのだと。

　龍はその輝く瞳で自分の抱く葉っぱを見下ろしている。その瞳こそが太陽であり太陰（つき）であり、大切に抱えてみそなわしてくださっているのだと。

　すなわち、自身ら生きとし生けるものたちを、見守っているのだと。

　そう伝えられている。

　さすがにそれを信じるほどの子どもではなかったものの、冽花は何とはなしに瞳を空へと浮かした。今日も太陽は輝いており、良い天気である。

　そろそろ涙も止まりそうだ。ちょうど階段を上がってくるらしい足音に気付き、振り返って出迎えに行った。