第6話 一方その頃、貴竜は

 藍影らんえい国。国都、雛安すうあん藍華らんか通り。

 都でも指折りに栄えている、大きな目抜き通りが今、湧きにわいていた。


 並みいる群衆たちが通りの端々まで溢れかえり、みな一様に、自身ら人の波を割って、悠々と練り歩いている三人へと瞳を注いでいる。

 群衆らはこぞって歓声をあげていた。こんな具合に。


鄭義敢チャン・イーガン様! なにとぞ、我が大店おおだなに――」


藍宝保ラン・バオバオ様、万歳!」


貴竜公きりゅうこう様、こっちを向いて!」


 彼ら人垣を取り巻きらにかき分けさせつつ、ある者は傍らの二人へと意識を割き、ある者は胸を反らし、ふんぞり返って群衆らへ手を振り、ある者は薄く微笑みをうかべて流し目を送る。


 むかって左から順に、个子高ノッポ很矮チビ中等身ちゅうくらい


 折り目正しく黒の袍を着こみ、頑強な岩から名工が削りだしたような顔立ちをしている个子高ノッポ。右目へと眼帯をあてている。


 三人のなかで一番身なりがよく、優男である很矮チビ。夜陰のあおを思わせる藍色に、金糸の縁取りや刺繍が映える袍。両手の指にまで金の指輪を輝かせている。


 最後に、着崩した白の袍を着こんでは、くっきりとした幼げな目鼻立ちの顔に、軽薄な笑みを貼りつける中等身ちゅうくらい。その傍らには日傘をさす供の者がいた。


 通りを歩く三人への注目は高まるばかりである。また一人、店から走り出てきた者が、熱い呼びかけを彼らへと投じた。


 そして、「貴竜公様!」というとある呼び声に応じて、中等身が顔をむける。ふ、と杏の種のごとき吊り上がった黒瞳を細めるなり、傍らの很矮へと身を寄せた。

 半ばしなだれかかるようにすると、呼びかけの主を指さしてみせる。


 その透きとおるような真珠色の髪。顔の血色の悪さが、なおその白さを引き立ててやまない。そんな貴竜は、粒のそろう歯を覗かせるなり告げた。


『なあ、宝保バオバオ。次はあの店に行こうぜ。あそこな、ついこの間の宴席で、すごく質のいい真珠を箱いっぱい三つもくれたんだよ」


「おお、いいともいいとも。はっは! よし。店中ありったけの真珠を持ってこさせよう。お前に似合いの新しい髪飾りも作るとしよう!」


 莞爾かんじと笑い、勢いづいて歩を踏みだそうとする很矮――宝保である。が、そんな彼へと、待ったをかける者がいた。

 誰あろう、群衆には目もくれずに二人に意識を割きつづける个子高だ。淡々と低く生真面目な意見を投じた。


「皇子、これ以上の出費は」


 とたんに顔をしかめる宝保であった。眦をとがらせるなり个子高を睨みすえる。


うるさいなあ、義敢は。もう少しぐらい良いじゃないか」


「しかし、すでに衣服を二十着、靴を十足に、瑟瑟エメラルドを散りばめた赤革の帯を一つ。金編みの手袋に銀糸の羽外套。翡翠の足環に腕輪をそれぞれ六個。純金の首飾を三つ、純銀製で紅玉ルビー藍玉サファイアをあしらった時計を一つ――」


 まだまだ言えそう、並べ立てられそうな義敢。ウンザリとより眉を寄せて、宝保は耳をふさぐのであった。


「あーあーあー! 閉嘴だまれ閉嘴! 僕はあの店に行くぞ! もう決めたんだ、行くぞ!!」


 大声で怒鳴り返してしまう。そんな宝保に、義敢は目をすがめ溜息をついた。

 そんな義敢を鼻で笑うなり、貴竜はなおも宝保へと身を寄せていく。


 その身に焚きしめられている沈香の甘く辛辣スパイシーな香りが、宝保の鼻先にくゆる。おもわずどきまぎして閉口する彼へと静かに笑い、髪を擦らせ、上目遣いに貴竜は見上げた。


『さっすがは宝保。名前どおり藍王朝の宝物だな。その思いきりのよさに痺れっちまうぜ。……今日の夜は……ちょっと、やりすぎちまうかもな?』


 するりと胸をすべる指先に、宝保は肩を跳ねさせる。


「うっ、ぐ……お手柔らかに頼むぞ、貴竜」


『ふふ。どうしよっかなあ』


「貴竜公、明日の皇子のご予定は――」


「ええい、うるさい、義敢!」


 傍から見ているに、とても喧しい一団である。なんだかんだでその店へと吸いこまれていく。そうして、おおよそ一刻(二時間)後……心なしか肩をすぼませる義敢と上機嫌な二人という、対称的な姿で出てくるのであった。


 藍王朝きっての蠢笨ばかものと陰で目されている藍宝保ひきいる一団は――色々な意味で人々の熱い眼差しを浴びながら、その場を後にしていく。


 待たせていた豪奢な輿へと乗りこむなり、一路、王城への道を帰還しゆく。


 だが、ふと、少しだけ御簾みすがかき分けられる。隙間から空をあおぐのは、義敢の左目であった。

 視線のさきには、尾をひく鳴き声をあげながら、青空に円を描く鷹の姿がある。


 すぐに御簾は元通りに閉めきられる。そうして――相も変わらずの三人のやり取りが、漏れ聞こえだすのであった。

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