4.謝罪
「おれたちは出会うべきじゃなかった――そう言ったのは、お前だったな。今なら心底、同意できる」
違う違う違う。
叫びたいのに、口が開かない。声が、喉の奥に詰まる。
あれは、蓮を否定するための言葉ではなかった。月龍と出会わなければ蓮は、ずっと幸せな公主でいられた。
蓮のためには、出会ってはいけなかったのだ。
――ああ、そうか。
反抗していたのが嘘のように、すとんと理解できた。
烈牙も、あの時の自分と同じなのだと。
蓮に憎まれていると思っていた。傍にいるだけで、不幸にしてしまった。
槐はおれを恨みながら死んでいったと、彼は言った。いっそさっぱりした顔で吐かれた台詞は、自己譴責そのものだったのか。
「槐は、お前を恨んでなどいない」
鼻の奥が、ツンと痛む錯覚に襲われる。
「烈を殺さずにすんで、よかったと……」
なぜ気づかなかったのだろう。
槐は烈牙を殺さずにすんだ。悔いを残さず、死ぬことができた。
ならば烈牙は?
妻と子を、その手にかけた男は。
すべてを忘れ、幸せになどなれるはずがない。たとえ死にゆく者が望んだとしても――望んだ、からこそ。
なんと、残酷なことをしたのか。
「すまない」
いつの時代も、ひとり置き去りにしてしまって。
いつも、辛い役割を押しつけて。
「――ごめん、なさい」
槐の口調が、表に出る。感情が引きずられる。
烈牙への想いは、本物だった。前世を思い出したときにはすでに、烈牙に強く焦がれていた。
「蓮だからではなくて……烈、だったから」
信じてもらいたい、できるならまた、一からやり直したい。
槐の頃に言えなかった我儘が、願望として沸き上がる。これは、月龍だからなのだろうか。
感情と記憶が、ごちゃごちゃに入り混じる。
――けれど。
「それでもやはり、道を違えるべきか」
蓮が望むのであれば、消えることも厭わない。
術に囚われたときだけではなく、生きていた頃ですら覚悟したことだ。
もしそれが、烈牙の言う「未来永劫」だったとしても。
「待ってくれ」
烈牙が口を開くより、悠哉の方が早かった。今にも泣き出しそうな声が、耳に痛い。
自分によく似た、双子の弟。
時代が変わっても、彼だけは容姿にあまり変わりがない。
真っ先に蒼龍を思い出してしまうけれど、彼は草薙でもあった。
口数は多くなかったが、烈牙のことで悩んでいると決まって話を聞いてくれる、幼馴染。
――彼の心根の優しさなど、とっくに知っていたはずなのに。
「まだ、終わりじゃない。月龍として、蓮と結ばれるべきだからと考えるのは、違う。でも――」
真摯に見つめてくる瞳の、あまりの真っ直ぐさにため息が込み上げてくる。
草薙は優しいけれど、ぶっきらぼうな男だった。蒼龍は生真面目さを隠すために、皮肉な振る舞いだった。
目前にいる男はどの時代の彼よりも率直で、柔らかい。
――蒼龍も草薙も、もうどこにもいないのだ。
「だからといって、永劫の別れを誓う必要もない。わだかまりが解けたのなら、また最初から始めればいい。いずれまた、どこかで出会えたときに……」
「――いずれまた、か」
くすりと笑い、よっと声をかけながら立ち上がる烈牙の足元は、おぼつかなかった。支えたいと伸ばした手は、烈牙の肩をするりとすり抜ける。
これほど顕著に、生身ではないことを実感させられるとは。滑稽さと穏やかな気分と、不思議な笑いが胸の内に湧く。
「少なくとも今、ここに在るべきではないのは確かか」
「違いねぇ」
苦笑と共に発した台詞は、くっくっと喉を鳴らす笑いに同意される。
さすがは烈牙と言うべきか。よろめいたのは一瞬だけで、すぐに自らの足で立て直した。
ゆっくりと伸ばされた手が、月龍の頬をなぞるような動きを見せる。
「悪ぃな。撫でてやることすらできねぇ」
槐の頃は見上げた烈牙の顔を見下ろし――否、彼女も烈牙ではない。彼も、ここに在るべき存在ではないのだ。
烈牙によく似た琥珀色の瞳が、すぅっと細められる。
「――じゃあまたな」
「ああ、また――」
この運命的な出会いに、感謝を。
少女の頬を伝った輝きを焼きつけながら、そっと瞼を下ろした。
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