3.共依存

「おれ達は別れた方がいい。――未来永劫に、だ」


 無表情なのに、恐ろしいほどの苦悩が伝わってきた。少女の姿が、烈牙と重なる。

 槐なら、どうしただろう。嫌だ別れたくないと、泣いて縋っただろうか。


 答えは、否だ。

 嫌われるのが怖くて、反抗すらできなかった。

 不快にさせたくなかった。いつでも、笑っていてほしかった。


「共依存って言葉があるらしい」


 低く囁く声は、諭すような深みあるものだった。


「自分に自信が持てず、人から認められて初めて己の価値を見出す。覚えがないか?」


 リーアンと比べて己の不甲斐なさを責める、蓮に愛されぬ自分に価値はない。彼女が離れて行くことが怖くて、力で縛りつけた。

 身に覚えが、ありすぎる。


「おれの、ことか」

「そうだ。そして、蓮のことだ」

「蓮の?」


 身分もあり、容姿にも恵まれ、誰からも愛されていた蓮が、なにを不安に思うのか。捨てられる不安にいつも、戦々恐々としていたのは月龍の方なのに。


「怒らせたくなくて、見捨てられるのが怖くて、お前の言いなりになった。――今にして思えばわかる。それがどれだけ、お前にとって酷なことかってな」


 ただ、暴力に怯えて従順だったわけではないのか。――想って、くれていたのか。

 蓮には信じてもらえなかったけれど、今、烈牙が想いを認めてくれた。


「ついでに言やぁ、おれもだ」


 口の端に滲んだ自嘲を、否定できなかった。


 烈牙の容姿は、人と少し違っていた。槐にとっては自分にある泣きボクロと同様、特徴のひとつであって、彼の魅力を損なうものではなかった。

 けれど知っている。烈牙がそれに、強い劣等感を抱いていたことを。

 周囲の一部は、そのことで彼を鬼と呼んで迫害していた事実も。


「槐も、そうだった」

「――そうだな」


 ぽつんと呟くと、烈牙も頷いた。


 怒らせるくらいなら、都合のいい女でいたかった。愛されなくてもいいから、嫌われたくなかった。


 蓮が向けてくる怯えた瞳が、脳裏から離れない。

 あのような目で見られるくらいなら――否、槐には烈牙を縛りつけられるだけの力はなく、嫌われれば捨てられるのが必然に思えていたから。


 烈牙がそれほど容易に、見捨てるなどしないとわかっていたのに。

 情の深さは、ともすれば蓮をも凌ぐほどと知っていたのに。


「おれ達はいつも、惹かれ合う。けどそれが、本当に幸せかどうかは疑問だ」


 違う。たとえ蓮や烈牙はともかく、槐は――月龍は本当に。


 ああ、こう考えるのがまた、いけないのか。

 そのために、共依存などと持ち出したのだろう。


「せっかく槐がおれに愛想を尽かしたんだ。これで終わりにしようや」

「違う、槐は――」

「違わねぇ」


 紡ぎかけた言葉は、有無を言わさぬ語調で遮られた。


「おれたちは、出会うべきじゃなかった」


 軽く伏せていた目を上げ、烈牙ははっきりと言った。

 ないはずの心臓が、ズキリと痛みを訴えてくる。

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