第八章

1.計略

 約束の、日曜日。待ち合わせ場所である駅前広場、ベンチに腰かけて待ちながら、時計を見る。

 九時十分。待ち合わせは九時だから、十分の遅刻ということになる。


 珍しかった。草薙は実直な性格で、時間に遅れることなど、まず滅多にない。

 あるとすれば、よほどの緊急事態が起こった時だ。


 そういった性質は、悠哉にも見受けられる。ならば連絡くらいあっても、おかしくはない。

 まして現代では、「電話」なる便利なものものあるのだから。


 その電話一本すらできない状況にあるのではないかとの心配が浮かび上がった頃だった。


「広瀬!」


 目を上げると、息を切らしながら走ってくる克海の姿があった。


「えっ、草野くん?」

「さっき悠兄から連絡あって。急に仕事が入って来られなくなったって」

「そうなの?」


 慌てて、携帯電話に目を落とす。いつ連絡が来ても見落とさないようにと手に持っていたのだけれど、通信に不具合でもあったのだろうか。


「いや、広瀬には連絡してないって言ってた」


 息を整えながら、克海が続ける。


「時間的にももう、家を出てるだろうからって。途中で引き返させるなんて完全に無駄足させるよりは、お前が代わりに行ってくれって」

「……そっか」


 ――やられた。


 納得したらしい胡桃とは反対に、頭を抱える。

 それにしたって、本来ならば遅れる旨、連絡をしてくるのが筋のはずだ。そうしなかったのは、ならばまた後日、と引き返させないためである。


 おかしいとは思ったのだ。直前まで、月龍と蓮を――克海と胡桃を一緒にさせたいと言っていた悠哉が、あっさりとデートに応じた。

 それだけではない。この一週間、部屋を訪ねても一度も彼に会えなかった。

 その前までよく会えていたのは、仕事を早く切り上げてきていたからだ。そのせいで無理がきて忙しかったのかとも思っていたが、避けられていたのか。


 あの野郎ぶっとばす、と悠哉に不満を向けたあと、納得しちまう胡桃も胡桃だとも思う。

 大体、デートの代役ってなんだよ、バカじゃねぇのかと毒づかずにはいられなかった。


「えっと、なんていうか、ごめん」

「なんで草野くんが謝るの」

「だって、なんていうか……」


 まぁ、普通は代役なんて頼まれれば困るよな。気まずそうに目線を伏せていた克海が、ちらりと胡桃を見る。


「おれじゃ意味ない、よな……?」


 おそらく、とりあえず行ってくれとかなんとか、焦った声で言われたのだろう。

 つられて焦り、冷静な判断もできないままここまで来てしまった。

 けれどようやく落ち着いて、おかしな話だと気づいたに違いない。


 ――こいつ自体はホント、いいヤツなんだけどなぁ。


 なんとも言い難い感慨に、ため息が湧いてくる。


「そんなことないよ! っていうか、つきあわせちゃって大丈夫かな、とは思うけど。用事とか、なかった?」

「それは大丈夫だけど」

「よかった。じゃあ、行こっか」


 にこりと笑って、胡桃が立ち上がった。ばつが悪そうに頷いた克海の口元が、わずかに持ち上がる。

 安堵と共に、嬉々とした様子が見て取れて――複雑な心境にならざるを得なかった。

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