10.順応

「――そして、今回も同じだ」


 ほらな。嬉しくともなんともないけれど、あたった予感に思わず勝ち誇る。

 もっとも、できれば外れてほしい予測ではあったけれど。

 薄く笑みを滲ませた顔が想像できる、おだやかな声が続けた。


「克海は――月龍だ」

「だろうな」


 努めて、軽い調子で返す。

 初めて会った時から、酷似した波長が気になっていた。けれど、ただ似ているだけの可能性もある。むしろ、そうであってほしかった。


 なのに、克海は月龍の夢を見たという。


 本人は、胡桃から話を聞いていたせいで影響を受けたのだと思っていたようだが、違う。胡桃の――烈牙の気配に刺激されて、過去の記憶が甦りかけているのだ。

 記憶に先行し、感情はすでに引きずられているのだと思う。

 克海のことは嫌いではない。槐が転生した姿だと思えばなお、愛しさもある。


 けれど――だからこそ。


「言っただろう、悠哉。おれは、お前の方がいい」


 克海がいる目の前で悠哉に誘いをかけたのは、あえてのことだった。

 自分が月龍であることを自覚する前、胡桃への気持ちが強くなる前に、悠哉とできてしまえばいい。入りこむ余地はないと、見せつけてやればいいのだ。

 その方が後々、互いのためになる。


「まぁお前が、こんな小娘を相手にする気はねぇってんなら、無理は言わないけどな」


 我ながら、意地の悪い言い方だった。

 悠哉が胡桃に惹かれているのは、まず間違いない。年齢差を気にして、あるいは言い訳にして、意識しないようにしている様子ではあるが。


 まったく蓮といい、他の時代といい、おれはもてて困っちまうなと、誰に言うでもなく考えたのは、照れが浮いたからだった。


「そんな、ことは……」

「まぁいいや。お前、次の休みいつだ? 一緒に出かけようぜ。えーと、なんだ、デートっての?」


 案の定言葉につまった悠哉を誘ってみる。わざわざ「デート」と言ったのは、烈牙と男同士、ただ遊びに行くわけではないと強調するためだった。

 と、わずかに驚いた気配が伝わってくる。

 なんだ、と思っていると、悠哉がくすくすと笑い始めた。


「よくデートなんて言葉、知ってたな」


 確かに、烈牙の時代には使われていなかった言葉だ。知っていたのはもちろん、理由がある。ふふんと胸を張った。


「言ったろ? 集中すれば、胡桃の記憶、読めるんだ。うまい言葉はねぇかと、こいつの知識をちょいと拝借した」


 逢瀬や逢引でもいいけれど、もっと軽い感じの方が合う気がしたのだ。

 悠哉が、くすりと笑う。


「――いいよ。しようか、デート」


 軽口をたたいたことで、多少なりとも気分が軽くなったのだろうか。

 了承の返事に、ホッとする。


「おう。じゃあ、どこに行く?」

「そうだな……定番だが、遊園地はどうだ?」


 遊園地。知らない単語に、胡桃の知識を探ってみる。

 言ってしまえば、二人で出かけるのならどこでもいい。ただ、胡桃が嫌いだったり怖かったりする場所でないことが前提だった。


 「遊園地」という単語に、幸い悪い印象はない。子どもの頃に家族で行った、楽しい思い出が浮かぶ。

 胡桃が過ごしてきた人生が苦もなく、幸多いものだったことがうかがい知れて、少し嬉しくなった。


「いいぜ。なんか、楽しそうなとこだな」

「胡桃ちゃんも楽しんでくれるといいけど。じゃあ、来週の日曜日に」


 おう、と答えたけれど、どうせ明日からも術を勉強するために悠哉の家には行く。仕事があるから毎回会えるとは思っていないけれど、デートの日よりも前に顔を合わせることにはなるだろう。

 じゃあなと挨拶を交わして、悠哉の気配が途切れた。



(――胡桃、話、終わったぜ)


 上方から聞こえてくるのは、少年とも青年ともつかぬ声。今ではもうすっかり聴き慣れた、烈牙のものだ。

 悠哉から電話を受けてすぐ、烈牙からやんわりと圧力をかけられた。きっと、聞かせたくない話があるのだろうと、自ら感覚を閉ざしたのだ。


 悠哉も烈牙も、胡桃を思いやってくれている。その二人がそう判断したのなら、従うまでだ。


(あ、そうだ。今度の日曜、悠哉とデートすることになったから)

(は?)


 まだ半分寝ぼけた頭で聞いた言葉を、認識できなかった。間の抜けた調子で聞き返す。


(だから、デートだデート。遊園地ってとこ? 悠哉と二人で行くことになった)

(っえぇえぇーっ!? な、なんでそんな話になったの!?)

(デートしてぇなと思ったから誘った。ンで了承された。それだけだ。――なんだ、イヤか?)

(イヤじゃないけど、でも、なんていうか……)

(ごちゃごちゃ言ってないで、 着ていく服でも選んだらどうだ?)


 おもむろに立ち上がり、クローゼットを開ける。


 「烈牙」の自我がはっきりして、すでに二週間ほどが経った。日常的なことなら、任せていてもさほどおかしなことはしない。

 と、乱雑な手つきでハンガーにかかった服を探っていた烈牙が、苦笑した。


(まぁ、悠哉は服を見に来るんじゃなくて、お前に会いに来るんだしな。どれでもいいか)

(えー。でもどうせ行くなら、可愛い格好したい、かなぁ)

(お。幼いと思ってたけど、案外女らしいこと言うじゃねぇか)


 クローゼットの扉の内側にある鏡に、顔が映っている。からかう調子の声と同様、胡桃ならしないいたずらな笑みが、ニタリと浮いた。


(けどよ、気にする必要はないと思うぜ? おれは代々美形だしな。お前も可愛いし、悠哉もとっくにぞっこんだぜ?)

(もう、烈くんったら……)


 下品な言い方しないの。恥ずかしまぎれに注意しようとして、ふと止まる。可愛いと、さらりと褒めてもらったことよりももっと、気になることがあった。


(ね、烈くん。悠哉さんは蒼龍さんにそっくりよね? 草薙さんも似てた?)

(あいつはどの時代も、似たような顔だな)


 烈牙が目を閉じると同時、青年の姿が浮かび上がる。

 これが草薙なのだろう。確かによく似ていて、国が同じだからか蒼龍よりも悠哉に近い気がする。


(じゃあ烈くんは? あたしは蓮ちゃんに似てるって悠哉さんが言ってたけど、烈くんは男の子だから似てないのよね?)


 自分の過去生が、代々美形などと言われれば嬉しくなる。見てみたいと思うのが人情だった。


(ローマ時代、カエサル……つってもお前はわかんねぇか。まぁ、時の権力者ってヤツの側近してたんだけどよ。そんときのおれだ)

(――うそ。すっごい、かっこいい)


 映し出された青年の姿に、呆然と呟く。

 栗色の髪と瞳の、逞しい美青年。手で髪を整える仕草をした、楽しげな表情を刻む顔立ちは、「甘いマスク」の典型だった。柔らかな印象なのに、戦士らしい逞しさも兼ね備えている。


 ハリウッドスター顔負けだわ。感嘆と共に、烈牙への期待はさらに高まった。


(じゃあ烈くん! 烈くんも今の人に似てる?)

(ばーか。あんな優男と一緒にすんな)


 優男、というが、充分に筋骨隆々だった。筋肉量なら、やたらと強かったという月龍よりも上に見える。

 もっとも、大木を素手で叩き折る、などとも言われていたし、空き缶をつぶした腕力もある。ならば、先ほどの戦士らしき青年よりも大柄なのかもしれない。


(おれの方がもっと目元が鋭い、男前だ)

(えー! さっきの人より!? 見たい見たい!)

(別にいいだろ、おれの顔は。見せて、お前が惚れちまったら困るしな)


 烈牙は、自分の姿を思い浮かべる前に目を開ける。


(えー見たいっ)

(あーもう、うるせぇな。とにかく、見てくれなんか気にしなくっても悠哉は大丈夫ってこった)


 不満たらたらの声を上げる胡桃に、めんどくさそうに言ってクローゼットの扉を閉める。

 今度悠哉さんに会ったら、どんな感じか訊かなくちゃ。

 思う声に、じゃあ先に口止めしとかなきゃな、と烈牙の声が重なる。


(ほら、さくさく勉強始めるぞ)


 むすっとしたのが伝わったか、くすくす笑いながら机に向かう。

 はーいとむくれたまま返事をするも、烈牙と身体を共有するこの状況に、すっかり慣れてしまった自分がおかしくもあった。

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