4.静穏

 想いを自覚して、二日。

 表向きは、胡桃と今まで通りに接することができている。


 烈牙も、あの日以来克海の前では出ていない。胡桃が言うには、家に帰り、自室に戻ると出てくるのだという。そして否応なしに術書を広げて、勉強させられるのだと。


 問題は、部屋で烈牙が表にいると、霊たちがはっきりと見えることらしい。

 胡桃のときには、なんとなく気配を感じる、どこからともなく声が聞こえる、といった程度なのだけれど、と。


 克海は元々、心霊現象に関しては懐疑的だ。

 今でも完全に信じているわけではないが、あの悠哉が嘘をつくはずもないから本当なのだろうと、漠然と思っていた。


 ――そう。たとえ克海が胡桃を好きになったとしても、もっとも強力な恋敵である悠哉を嫌いになれないのが、困りものだった。


 現に今も、明日が日曜日で休みだからと、悠哉のところに泊まりに来ている。親も、悠哉なら安心ということで、夕方に道場へ行った後は、自宅に帰らず、直接訪ねた。

 事前に連絡を入れていたからか、行った時にはすでに、風呂の準備がされていた。

 風呂から上がってくると、ダイニングテーブルに夕食が並んでいる。


 毎度のことながら、至れり尽くせりだよな。


 内心で、ひっそりと苦笑する。

 悠哉自身、とても魅力的な人物だった。色々と話を聞けるだけでも楽しいのに、こんな風に居心地がいいものだからつい、入り浸ってしまう。


 やっぱり敵わないな、と思う。年下のいとこ――男相手でさえ、こういうことを自然にやってしまう人だ。

 この人が本気で狙って尽くせば、きっと落ちない異性はいない。

 加えて胡桃は、以前から悠哉に憧れていたという。


「――あれ、この本って……」


 奇妙な感慨が浮かぶ前にと、話題を探す。

 そこでふと目を転じ、見つけたのはリビングのテーブルに置かれた、和綴じの本だった。


「今日、烈が忘れて行ったんだ」


 こういうところが抜けている、と笑う姿が楽しそうで、思わずつられて笑った。


「じゃあ、今日は広瀬と二人きりだったんだ」


 今まで、とはいっても二回だけだが、そのときには克海も合わせて三人で会っていた。だから単純に、克海がいなければ二人という計算をしただけなのに、悠哉がわずかにムッとする。


「妙な言い方はやめてくれ。烈もいるから、実質三人だな。――というか、ここへ来たときから帰るまでずっと烈だった。中にいる胡桃ちゃんと話すのも、烈を介してだったから」


 むしろ、胡桃とは会っていないに等しい。

 言外の声に、ああと納得した。

 「二人きり」などと言ったから、からかわれたとでも思ったのだろう。不機嫌というより、照れているのに近いかもしれない。

 そう思うと、最初はまったくからかう気などなかったのに、いたずら心が湧いてくる。


「ってことは、広瀬とデートすると、中の烈も一緒なんだ? 悠兄も大変だ」

「デートなんてしてないぞ。これからもないな、たぶん」

「そうなの?」

「十一も年下なんだぞ。手を出したら、間違いなく犯罪だ」

「でも、十六と二十七だとちょっと問題ありそうだけど、二十歳と三十一なら大丈夫じゃない?」


 実際、もっと年の差のあるカップルも珍しくない。言うと、悠哉が眉をひそめる。


「それは――そうかもしれないが。彼女から見ると、おれは立派におじさんだろう」


 恋愛対象になるはずがない。物言いには、思わず笑ってしまった。


「それ、同じこと広瀬も言ってたよ。自分が子どもだから、相手にされないだろうって」


 お互い、相手さえその気があるなら、そう受け取れる言い方をしている。

 ということは、当人自体はまんざらではないのではないか。


 ふと、頭の中で二人が並んだ姿を想像してみる。

 悠哉も胡桃も、容姿に恵まれているだけではなく、人柄もいい。理想的な、美男美女カップルに思えた。


 お似合いだよな。


 浮かぶ感想に、あれ、と疑問が浮かぶ。


 ――まったく、嫌じゃない。


 胡桃が悠哉のことを褒めているのを聞けば、面白くないと感じられた。二人が並んで立つ姿を思い浮かべるだけでも、チクリと胃が痛んだ。

 なのに今は、なんだかんだ言いながらも傾倒しているらしい悠哉が、微笑ましい。


「まったく、お前たちはなんの話をしてるんだ……」


 疲れたように片手で頭を覆う仕草に、照れが見える。そのあとも小さくぶつぶつ呟くのはきっと、照れ隠しなのだろうと思えば、やはり微笑ましかった。


 うまくいってほしいな。


 自然と浮かんだ感想は、我ながら不思議なものだった。

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