9.和解

 まるでお供のように、二、三歩遅れてついてくる克海を、ちらりと目だけで振り返って烈牙は嘆息する。

 かなり不服だった。帰り道の安全のためにと、悠哉が克海をつけたのだ。

 確かに学校が終わってから行ったので、周辺は薄暗くなってはきている。家に着く頃には、夜と言っていい時刻、暗さになっているだろう。


 見た目はたとえ胡桃であっても、おれなんだから大丈夫。なにかあっても撃退できると主張したのだが、そもそもの予防のためだと説かれてしまった。

 その説得力もさることながら、元々参謀役だった草薙からの指令との印象が拭えず、こうやって帰る羽目になったのだけれど。


 悠哉もいるときはまだ、耐えられた。けれど二人きりになると、どうしてもイラ立ちと警戒が浮かんでくる。


「――あ。なぁ、烈牙」

「気安く呼ぶな。呼ぶんならちゃんと、烈牙さまって呼びやがれ」


 イラ立ちに任せて、言い放つ。

 「いや、それもどうかと思うけど」と胡桃は胸中でツッコミを入れてくるが、根が真面目なのか、克海はいたって真顔で口を開いた。


「じゃあ烈牙さま。あのさ――」

「お前はバカか!」


 素直に呼び方を変えられて、カッと赤面する。


「なんでも真に受けりゃいいってもんじゃねぇ! 行きのときにも言っただろ。バカだな、ホントに。烈でいい」

(照れるくらいなら、最初から言わなきゃいいのに)


 あまりにも適切な言葉だった。

 うるせぇな黙ってろ、と乱暴に言ってはみても、照れの裏返しだと知れる。

 小さく笑う胡桃の声が、胸の中から聞こえた。


「で? なにか用か」

「いや――やっぱり駅までじゃなくて、家まで送った方がいい、よな?」


 克海としても、悠哉には逆らえないのだろう。送って行けと言われた一瞬だけは驚きを見せたが、すぐに従う素振りを見せた。

 最後までぐずぐず言っていたのは、烈牙の方だ。じゃあせめて駅までは、と悠哉に言われ、渋々と折れたのである。

 だが、暗くなるのはむしろ、駅から家に向かうときだ。「胡桃」の身を心配するのなら、提案は当然のものだった。


 ――やっぱり、悪いヤツじゃねぇんだよな。


 思うほどに、ため息が洩れる。近づきたくない、近づかせたくないと思っているのに、すでに半ば気を許していることを自覚していた。


「どっちでもいい。お前が送るってんなら、おれは引っこむぜ」

「――そんなにおれのことイヤか? そりゃあ最初態度悪かったし、それについては謝るけど……」

「違ぇよ、バカ」


 反射的に答えたあとで、しまったと思う。

 寄せつけないつもりなら、そうだお前なんか大嫌いだと言い捨てて、一昨日のように一方的に帰ればよかったのだ。

 とはいえ後悔は先に立たず。はぁ、とさらに深く嘆息する。


「悠哉も言ってたろ。おれは胡桃よりも感覚が鋭い。寄ってくる連中だっている。そこにお前みたいな、好かれやすい体質のヤツがいたら、お前だって憑かれる可能性がある。だから二人でいるなら、おれより胡桃との方がマシってこった」


 胡桃を表に出しても、烈牙がいなくなるわけではない。万が一何者かに襲われたとして、克海が対処できなければ、烈牙が出ればいいだけだ。

 問題は、二者択一になるだろうこの状況をなぜ、わざわざ悠哉が作ったのかということだけれど――


「――おれのこと、心配してくれてるのか?」


 呆然とした克海の台詞に、カッとなる。


「あーもう! うるせぇな。で、どうすんだよ」

(大丈夫だよ。烈くん、お願い)

「このまま帰るよ、おれ」


 胸の内で胡桃が遠慮するのと、克海の返事と、ほぼ同時だった。


「おれより烈の方が強いのは事実だしさ。お互いの不利益になるなら、任せた方がいいだろ。――広瀬にとって『有益』なお前に、さ」


 ちらりと笑った顔に、いたずらな色が浮かんでいた。

 数時間前、烈牙が言った言葉だ。それになぞらえたのは揶揄のためではなく、認めたという意思表示で――


「わかった。じゃあな」


 嬉しいなどと、思っていない。思っては、いけない。

 それでも赤くなってしまった顔を見せたくなくて、克海から背ける。手を伸ばして彼の肩をぽんと叩くと、返事を待たず、足早に駅へと向かった。

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