7.心霊現象
「――胡桃ちゃん、聞こえる? 聞こえたら、なんでもいい。返事ができるだろうか」
どれくらいの時間が経っているのか、まったくわからなかった。聞こえた声に、胡桃はぼんやりと反応する。
深い眠りの最中に揺り起こされたときのように、声をかけられたのはわかるけれど、内容までははっきりと入ってこない。
(――悠哉さんの、声……?)
ふっと、意識が浮上するのを感じた。
まるで深いプールの底から引き上げられるような感覚だった。
ただし、完全に浮かび上がる寸前に、やんわりと押さえられた。
パチリと目が開く。閉ざされていた視界に、光が広がる。
「お嬢さんのお目覚めだ」
おどけた声だった。
誰の声だろう。考えたのは一瞬で、さっき頭の中で聞こえた声だと思い出す。
――否、空気を震わせたのが胡桃の、胡桃の意識の中に直接流れこんできたのが、例の男の声だった。
悠哉が別人格に、「出ておいで」と声をかけたあと、意識が暗転した。目覚めた今、先ほどと同じ笑みをたたえた、悠哉の顔が目前にある。
実感としては、まばたきをした、それくらいの感覚しかない。
けれど空白の時間があったのは明らかで、なにより、自分の意思で身体を動かすことができなかった。
まるであの、明晰夢の中にいるときみたいに。
「おぉ、混乱してる混乱してる」
「こら、烈牙。面白がるんじゃない」
烈牙と呼ばれて、それが別人格の名だと思い出す。
そうか、これが――考える胡桃に、烈牙がふっと口元を緩めた。
「案外察しがいいな。てっきり、もっと鈍いかと思ってたのに」
「なにか言ってるのか?」
「ああ。これが別人格が表に出てる状況かってな」
胡桃の思考を伝える烈牙に、悠哉もああ、と頷いた。
「意識もあって周りも見える、なのに自分の意思で体が動かない、どころか、他人に勝手に動かされる。正直、気持ちのいいものじゃないだろうけど――戸惑うのは当然だけど、これはもう慣れてもらうしかないな」
気の毒そうにも見える一方で、笑いをかみ殺しているようにも見える。
面白がる烈牙をたしなめた悠哉だったけれど、彼も多少ながら面白がっているように思えるのは、気のせいだろうか。
「やい、悠哉!」
だん! と突然、烈牙が床を踏み鳴らす。
片膝に肘をついて、身を乗り出した。
「お前こそ面白がってんじゃねぇか! さっきの言葉、そっくりそのまま返してやるぜ! ……と、うちのお嬢さんが言ってる」
最後には悠々と、深く腰かけ直す。
確かに、似たことは考えた。
だがあまりにも飛躍しすぎた烈牙の態度に、カッと赤面する。
(ひっどーい! あたし、そんな風に言ってないもんっ。通訳するなら、ちゃんとして!)
「へいへい、わかったよ」
「どうした?」
「ん? 『ひっどーい! あたし、そんな風に言ってないもんっ。通訳するならちゃんとして!』だってさ」
一言一句同じ、声や調子も真似て言う。しかも、両手の握り拳を口元に当てて見せるなど、けっこう芸が細かい。
だが見た目は胡桃でも、烈牙が男なのは悠哉や克海も知っている。
だから気味の悪い物を見る目を向けているし、胡桃に至っては「烈牙本人」の声も聞こえているのだ。
不気味さは二人の比ではない。
(ごめん。あたしが悪かった)
素直な謝罪に気をよくしたのか、烈牙が胸を張る。その態度で胡桃の反応がわかったのだろう、悠哉がくすくすと笑いを洩らしていた。
「今ので胡桃ちゃんもわかったと思う。たまにいたずらが過ぎるし、多少乱暴者だけど悪いヤツじゃない。意外と頼れる男だから」
安心して、と言う割には、手放しで烈牙を褒めたわけではないところがおかしかった。
そこに悠哉と彼の――否、「草薙」と「烈牙」の関係を見た気分で、ほっこりする。
「さて、ここからが本題なんだけど」
ちょっぴり和んだ胡桃とは対照的に、悠哉は神妙な面持ちになる。
「胡桃ちゃんは最近、おかしな事象に悩まされてたわけだけど――胡桃ちゃんが言ってた通り、あれは心霊現象だった」
きっぱりと言われて、きょとんとした。
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