6.交信
愕然とした克海の心境を思うと、多少気の毒になる。
可哀想な現実をつきつけた悠哉は、飄々と続けた。
「それに言っただろう、みたいなものだと。おれは陰陽寮に属していたわけじゃない。陰陽寮に入ることができるのは、家柄もいいごく一部のエリートだけだ。陰陽の術を学びながら、そのエリートコースに乗れなかった連中はどうなると思う?」
「どうって……」
「ノラ陰陽師だな」
答えが出てこないと踏んで代わりに言ってやると、言葉のチョイスはともかくそれだな、と悠哉が眉を歪めて笑う。
「学んだ技術は、人に伝えたいと思うだろう? 親類や我が子には、特にだ。そうやってできた集落が代々続き、特殊能力の集団――いわゆる『忍び』と呼ばれる者たちになった」
すべてがそういうわけではないが。つけ加える悠哉に、可哀想になるくらい、克海の表情が情けないものになる。
「忍者ってこと? 伊賀とか甲賀とかいう……」
「まぁ、そうなるかな。おれたちのはそんな、有名な流派じゃなかったけど」
唖然とした克海の視線に、悠哉は微妙な笑みを刻みながら、説明を続ける。
「烈は自らの肉体を使った実戦部隊で、おれは正統とは違う道を進んで発展した、陰陽の術を使う裏方だったんだ」
「――」
言葉を失う気持ちは、理解できなくもなかった。なにせ生前の烈牙こそ、ガチガチの合理主義者だったのだから。
忍術は、一般的には不可思議な力だと思われている。
だがそうではない。薬物などの科学的な知識と、極限まで鍛えられた肉体との、複合の産物だ。
そのからくりを知っているからこそ、草薙たちが使う不思議な力も、ずっと裏があるのだと思っていた。
物の怪はまだ、存在を納得できる。獣の延長線だと考えていたから。
ただ、人間の霊などはまったく信じていなかった。人間は死んだらそれまでだ。
――それまでで、あってほしかった。
幽鬼として彷徨うのも、まして転生などして生き直すのも、まっぴらごめんだった。
まさか自分がこんなことになるとは、夢にも思っていなかったけれど。
「まぁ、とにかく、だ。霊は存在する。物の怪の類もな。一般人には見えないが、けっこう普通にいるぞ」
「――悠兄にも見えるの?」
「当時は見えてたな。じゃなきゃ、仕事にならない」
当然だと、肩を竦める。
「草薙――烈の時代のおれは、もともと能力を買われてその部門に引き抜かれたんだしな。今は、まぁなにかがいそうな気がする、といった程度しかわからない」
「今のところは、だろ」
きちんと座っているのにも疲れて、背もたれにゆったりと身を沈める。ついでに、大きな動作で足を組んだ。
「草薙の記憶が戻るまではどうせ、気配を感じても気のせいだって済ませてたんだろ? それを次からきちんと認識するようになるはずだ。記憶と共に基本能力も戻ってるみてぇだから、これからは徐々に『力』は強くなると思うぜ」
「だろうな。まだ当時みたいに、自在に操るとまではいかないだろうが。――と、それで思い出した。頼んだ物は持ってきてくれたか?」
「おう」
最後は烈牙に向けられた質問だった。横に置いていた胡桃のカバンを、膝元に引き寄せて開ける。
胡桃が住んでいる家の倉庫にあった、呪術書。それと一緒に、烈牙から胡桃に宛てた手紙も悠哉に渡した。
「酷いんだぜ、こいつら。なにかの記号だ暗号だ、胡桃に至っては呪いのお札、だぜ?」
拗ねた口ぶりで訴えるも、悠哉は同意する代わりに、ぷーっと派手に吹き出した。
「いや、これは仕方ないだろ。変な記号にしか見えない文字もあるし。――克海」
なんだと、と烈牙が気色ばむよりも早く、悠哉が笑い含みの声で続ける。
「こいつは昔から字が下手なんだ。しかも、やたらと癖が強い。おれはその癖を知っているから解読できるが……普通の人間には、まず読めないな」
「――なんだ。本当に下手なだけだったんだ」
脱力する克海に、悠哉はくすくすと笑う。
「書いてある内容は、まぁ要約すると、これらの本を持っておれのとこへ行くようにっていう、胡桃ちゃんへの伝言だな」
「あ、そのことなんだけどよ」
な? と同意を求められて、不意に思い出す。
「おれとこいつ、交信できるようにならねぇか? おれは中にいても、気を張ってりゃ周りの様子がなんとなくわかるんだけどよ。こいつはまるっきり覚えてないみたいでな。おまけに、意思の疎通が取れないんじゃ、不便で仕方ねぇ。手紙で伝えようとしても、読めないみたいだしな」
「なるほどな」
唇を尖らせて主張すると、悠哉が軽く笑った。
「気持ちはわかるんだが、たぶん無理だ」
「――へ?」
これでなんとかなる。
ホッとしただけに、完全に予想外の答えだった。
思わず、間の抜けた声が洩れる。
「烈、お前はおそらく『核』だと思う。多重人格における、主人格以外の中では最も力が強く、全体を見通せる存在だな。たとえこの先、胡桃ちゃんの中に他の別人格が生まれたとしても、主導権はお前が持つことになるだろう」
別に、主導権なんてほしくない。
というよりもそれは、当人である胡桃が持つべきではないのだろうか。
「通常、別人格同士は交流できないが、『核』だけは他の人格との対話をもてる。要するに調停役だな。だが、主人格とだけは対話ができない」
「なんでできねぇんだ?」
「なんでって言われてもな。調べた限りの症例では、そうなってる。精神世界の中で直接出会ってしまうと、負担が重すぎるのではないか、とは言われているが……」
「うーん、おっかしいなぁ」
大きく足を組み変えながら、首を捻る。
「さっきな、おれが出てくるときなんだけどよ。こいつ、おれの声が聞こえてたみたいなんだよな」
「――え?」
「でなきゃ、なんでこんな声が聞こえるの、とは考えないだろ」
あのときだけではない。
克海と胡桃が話しているときに、「近づくな」や「偽善者が」と思わず吐き捨てた烈牙の声に、たしかに反応していた。
また、烈牙の声が聞こえるのを、なんで、と考えた胡桃の思考、その声が烈牙に届いたのも事実だ。
互いの声が聞こえたのだから、うまくすれば交流もできるはずだと思ったのだけれど。
口元に手を当てた悠哉が、ふむ、と小さく唸る。
「前世であるお前が別人格として現れたり、あの尋常じゃない腕力だったり……他の症例と異なることが多いのも、確かだな。だとすれば、もしかしたら交信できる可能性はあるか――」
「試してみる価値はあるだろ?」
異例づくしだからこそ、可能性はある。
「よし、じゃあやってみるか。烈、目を瞑って」
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