5.烈牙

 すべての元凶とも思える男の顔が、克海に重なって見える。こうやって警戒をあらわにした表情をすると、特にだ。


「克海」


 たしなめるように名を呼ぶも、悠哉の声に険しさはない。口を閉じた烈牙と、そんな烈牙を睨む克海を交互に見やって、くすりと笑う。


「粗野な言動のせいで、お前が誤解するのは無理もないが、さっきも言った通り、意外にも正義漢なんだ。間違っても、意図的に女子供を害する男じゃない」


 こんな、無条件に褒めるようなことを言うから、騙されているだの庇っているだのと思われるのだ。

 照れ臭さにも似た居心地の悪さに、眉をしかめる。


「じゃあ、他の誰が広瀬にケガをさせたんだ? ……っていうか、広瀬の中に何人いるの」


 悠哉に反抗する気はないのか、とりあえず矛を収める。ただ納得できていないのを隠す気もないようで、むーっと顔を顰めていた。

 困った表情を浮かべていた悠哉が、ん? と反応する。


「何人って……お前以外にも誰かいるのか?」

「いんや。おれだけだぜ」


 質問は、烈牙に向けられたものだった。ひょいっと肩を竦めて見せる。

 すべてをはっきり覚えているわけではないが、蓮や他の時代の記憶はあった。

 それがあるということは、分離した別の人格として、彼らが存在していないことを示しているのだと思う。


「そんなわけないだろ。やたらと器用に料理してた人と、中村を助けた人、あと一昨日ケーキ食べてた子と……」

「――悪かったな。そりゃ全部おれだ」


 ときを正確に見抜いていたのには驚いたが、それぞれ別の人格だと思っていたとは。


 烈牙は当時から、無骨に見られがちではあったが、実は手先が器用だった。針仕事や炊事場の女たちを手伝っては、男のクセにと呆れられたものだ。

 加えて、酒も飲むが甘い物にも目がなかった。一昨日にここで出されたケーキも、初めて経験した甘味のおいしさに、感動した。

 そのせいで少しはしゃぎ過ぎてしまったので、子供かなにかと誤解されたのかもしれない。

 烈牙を悪人だと決めつけているから、胡桃の友人を守った人物からも除外したのだろうが――思うほどに、苦笑する。


 烈牙も大概よくわからない性格だと言われていたが、克海もなかなかのものだ。

 お前のことを教えてほしいと頼んできた真摯な態度、烈牙の話を鵜呑みにした素直さ、なのに疑い深さまで持っている。


 単純なのに、疑心も強い。特徴があの男と重なって、わずかに辟易とした。


「えっ、でもあまりにも印象が――」

「だから言っただろう。烈は多面的だと」


 この態度だから疑いたくなる気持ちもわかるけど、と悠哉がこちらにいたずらな目を向ける。


「胡桃ちゃんの怪我は――たぶん、霊の仕業だろう?」


 胡桃の中の人格が烈牙だけだとわかったところで悠哉が口にしたのは、克海が発したもう一つの問いかけへの答えだった。


「霊って……」


 今まで悠哉には決して向けなかった、うさん臭いものを見る目だった。

 過去の記憶を取り戻すまで、悠哉は心霊現象はもちろん、輪廻転生すら否定する立場をとっていた。

 克海を見ている限りでは合理主義らしく、おそらくは悠哉の影響だろう。その悠哉が語る怪異など、悪い冗談としか思えなくても無理はない。

 後ろめたい気持ちでもあるのか、申し訳なさそうな顔になっている。


「実は、な。烈の時代、おれは陰陽師みたいなものだったんだ」

「陰陽寮の? でも、だからって神秘主義には直結しないだろ」

「いや、違うんだ。確かに陰陽寮は科学や心理学のエキスパートだったが、『破邪の力』をもって、鬼や物の怪を払う部署も、実在したんだ」


 マジか。

 呟く克海の顔から、面白いくらいに血の気が引いていた。

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