3.ならざるモノ
悠哉を信頼しきっているのか、それとも元が素直なのか。中にはまったく効かない人もいるのに、胡桃はなんの抵抗もなく、導くままに催眠状態へと入っていった。
ソファの背もたれにゆったりと預けていた体から、さらに力が抜けるのが見て取れる。
原因があるとすれば、胡桃自身覚えていないくらい幼い頃だろう。
とはいえ、一気に十数年も遡るのは負担が大きくなる。焦らず、一年ずつ退行した。
まずは去年、高校一年生のとき。中学から仲の良かった友達とクラスが分かれてしまって寂しい、けれど他に新しい友達もできてよかった――ぼぅっとした表情のままながら、質問にはよどみなく答えてくれる。
一年、さらにまた一年。ゆっくりと年を遡っている途中に、問題はまったくと言っていいほど見つからなかった。
まれに見るほど幸運だったのか、もしくは、困難を困難として受け取らない性質かもしれない。
現在の胡桃を見ている限りでは、もっとも精神の病からは遠い人種との印象を拭えないのだけれど……
結局、二歳まで退行したのに、奇妙な夢を見る理由、またおかしな現象に悩まされる原因、いずれも見つけることができなかった。
もしかしたら、一度の施術では探れぬ、もっと深いところに闇があるのかもしれない。
とにかく、これ以上の退行は無意味だ。負担が大きくならないうちに、徐々に時間を戻して暗示を解こう。
方針を決めた、瞬間だった。
「――よう」
閉じられていた胡桃の目が、パチリと開く。
まだ暗示にかかってるはずなのに、瞳にははっきりと覚醒の光が灯っていた。
一瞬、状況を把握できなかった。
夢と現の間を彷徨っているはずの胡桃が、指示もなしに目覚めたことももちろん驚いた。
けれどなにより、刻まれた表情が問題だった。
底冷えするような鋭く、強い眼光、そして彼女の柔らかな笑顔とは似ても似つかない、野太い笑み。
その表情に、覚えがあった。脳裏に、一人の少年の姿が浮かび上がる。
「――
完全に、無意識だった。
瞬間的に浮かんだ名前を口にして、ハッと口を押える。
おれは今、なにを口走った……?
胡桃は――否、胡桃ならざるモノは、ニヤリと唇をつり上げた。あたかも、肯定の返事のように。
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