7.胸騒ぎ
明白な意図を知りながら無視するわけにはいかなかった。
「わかった」
「えっ」
腰を浮かすと、見上げてくる胡桃の瞳が不安そうに揺れる。それを知りつつ、あえて無視する形で「なにがいい?」と問いかけるのは、少々気の毒だっただろうか。
嫌いな物はない? と重ねると、う、うんと戸惑った首肯が返ってくる。
ちらりと目を上げると、「おれはなんでもいいから」という悠哉の笑みと目が合った。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、ちょっと待て」
別に準備がいるわけではない。早々に玄関に向かっていると、呼び止められた。
振り返ると、苦笑の悠哉が追ってきている。
「さすがに自腹はさせないって」
「あ、そっか」
足を止めると、財布から取り出した札を渡してくれる。
高校生と社会人ということもあり、二人で遊びに行くときは大体悠哉が負担してくれた。
もちろんそれをあてにしたことはないけれど、少なくとも今はおつかいを頼まれたのだから、もらってもおかしくはない。
そんなことにも気づかず、出て行こうとしていたなんて。
苦い自嘲が、口中に広がる。
「克海――」
「わかってるって。戻ってきてもよくなったら、連絡して」
胡桃と話があるから席を外していてくれ――そう言うはずの悠哉を先回りする。
――そう、ケーキだなんだと、どう考えても口実だった。
おそらくは不自然に見えないようにと考えたのだろうが、初対面の胡桃にはともかく、克海には通用しない。
場合によってはその子にちゃんと話を聞いた方がいいかもしれない、そう言っていたのも知っているから、なおさらだった。
「ありがとう」
悠哉が目を細めたのが、推測が正しい裏付けだった。
いつもなら、正確に意図を読み取れたことが誇らしかっただろう。なのになぜ今日は、すっきりしないものが残るのか。
本来なら、礼を言うのは克海の方だった。困っている友人がいるとの相談に、応じてくれたのだ。なんの得もないのに、協力してくれているのだから。
もし胡桃が、表面には見えない部分で悩みを抱えているのだとしたら、力になれるのは悠哉だ。
治療と呼べるほどのものをするとは限らないが、専門家の悠哉が聞けばなにかわかるかもしれない。
また、デリケートなプライバシーを、さほど親しくもない同級生に聞かれるのも嫌だろう。
だから、二人きりになってもらった方がいい。
最善だとわかっているのに――なぜか、胸が騒ぐ。
本当に、二人で話をさせてもいいのだろうか。
言い知れぬ不安が、嫌な予感となって胸にわだかまっている。
「行ってきます」
不可思議な感情を振り払うように、あえて声を大きくする。
聞こえたのだろう、胡桃が奥から「行ってらっしゃい」と返事をくれた。
悠哉も、軽い笑みで手を振ってくれる。
そして、胡桃の元に戻るために歩き出した広い背中に、後ろ髪を引かれる気持ちのままそっと、玄関の扉を閉めた。
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