5.羨慕
「えっ」
ぽつんと胡桃が呟いたのは、彼がちょうど克海たちのテーブルに着いたときだった。克海と彼の、驚きの声が重なる。
彼の名前は、
ないのだが、胡桃が悠哉の名を呼んだことに驚きを隠せなかった。
「えっ、なに、
きょろきょろと二人を見比べる。
胡桃は未だ、見惚れるというよりも呆けたように悠哉を見つめているし、悠哉は不思議そうに胡桃をじっと見ていた。
「――いや、ごめん。なんだか懐かしいような気がしないでもないけど……覚えてない。どこかで会ったかな?」
「えっ、あっ、いえ!」
片手を口元に当てて首を捻る悠哉に、我に返ったのか、弾けるように胡桃が立ち上がった。
口にしたのは言葉とも呼べぬ喘ぎだったから、相当慌てているのだろう。顔が、いつにも増して真っ赤になっていた。
「あの、弟が空手をしてて……それで、試合会場でお見かけして、一方的にあたしが知ってるだけで……」
最後の方はしどろもどろになってはいたが、さすがにそこまで言われればピンとくる。
「前に言ってた、憧れてるすっごいかっこいい人って悠兄のことか!」
「本人の前で言っちゃダメ……」
真っ赤に染まった顔を両手で覆い、発せられた言葉はほとんど消え入りそうな声だった。
世間って狭い。感心するよりも先に、呆れてしまう。
たしかに胡桃は、「憧れの人」と克海が似ていると言っていた。それはいとこだから不思議ではないし、悠哉の影響を受けて育ったのだから、より顕著に表れていても当然だった。
「僕に? それは嬉しいな。ありがとう」
照れた風もなく、くすりと笑う悠哉の顔にも態度にも余裕が満ち溢れていた。
容姿端麗、文武両道を絵に描いたような人だから、褒められるのも憧れられるのも慣れているのだろう。
「そういえば広瀬さん、だったよね?」
連れて行く子の名前を、伝えていた。今にして思えばなぜ、悠哉には伝えて胡桃には言わなかったのだろう。
もし名を告げていれば、その場で胡桃もわかっていただろうに。
「ほら、克海――は、ちょうどいなかったか。試合のときに、わざわざ挨拶に来てくれた
「あっ、はい、
「へぇ、悠兄よく覚えてたな」
悠哉はたしかに記憶力はいい方だけれど、名前までしっかり覚えているのは珍しい。
「あのときは道場別の対抗戦だったから、僕は直接戦ってないけど印象的だったから。線も細くて、顔も女の子みたいに可愛いのに、センスがいいというか強かったから意外で」
「あははー、あんまり言わないであげてください。あの子、気にしてるので」
憧れの人である悠哉にも少し慣れてきたか、それでも頬に赤みを残したまま胡桃が言う。
「千秋っていう名前も女みたいでイヤだって言うから、
「ああ、なるほどね」
微苦笑めいたものに、悠哉も頷く。「空手」と「広瀬」だけですぐに思い出すのだから、胡桃に似ているのかもしれない。だとしたら相当な美少年のはずだ。
「でも、少し納得かな。僕も試合会場で胡桃ちゃんのことを見かけてたのかもしれない。こんなに可愛かったら印象に残ってても不思議じゃないから」
笑顔で名前をちゃんづけで呼び、さらには可愛いなんてさらりと言い放てるところが大人の余裕というものなのか。
「そそそそそんな」と再び真っ赤になる反応に、なにかがチクリと胸に痛い。
「とりあえず、二人とも座ったら?」
それをごまかす意味もこめて、肩を竦めて見せる。
そうだなと応じ、克海の隣りに腰を下ろす悠哉に続いて、胡桃も座り直した。
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