4.意外
「それもう、コーヒーじゃない……」
ランチにはまだ早い時間で空いていたから、席を自由に選ぶことができた。とりあえずは隅にして、奥のソファを胡桃に勧めた。自分はテーブルを挟んで向かいに座る。
メニュー表をめくって注文し、まずはドリンクバーで飲み物をとってきたのだけれど、ホットコーヒーにかっぱかっぱとミルクポーションを入れる様にツッコミを入れた。
きょとんとされて、まぁ好みは人それぞれだからと思い直したけれど、果たしてあのコーヒーは本当に美味しいのだろうか。
「お待たせいたしましたー」
やけに声の高い店員が、運んできた料理をテーブルに並べる。
普通はどちらがどの料理か確認するが、名札に「実習中」とあったので忘れたのだろう。ハンバーグを克海の、パスタを胡桃の前に置いた。
まぁ普通はこう思うよなと苦笑しながら、テーブルの上で料理を交換する。
意外だったのは選んだ料理だけではない。女子はこういうとき迷うものかと思っていたけれど、胡桃はむしろ克海より早いくらいの即決だった。
こういう、どこか感じる男らしさがあるから、普段はあまり異性を感じずにすむのかもしれない。
「でも、ちょっとボリュームあるけど食べられる?」
運ばれてきたハンバーグは割と大きく、小柄な胡桃の体格を考えると、少し多そうに見えた。
質問に、胡桃はわずかに肩を竦めた。
「朝、あんまり食べられなくて……でも、草野くんの顔見たらホッとして、お腹すいちゃった」
照れた笑顔に、克海の方も照れてしまう。
専門家でもない克海と会ったところでなんの解決策も出してあげられない。果たして早く呼び出した意味はあるのだろうかとも思っていたので、嬉しかった。
「――あっ」
いただきます、と手を合わせて食べ始めたところで、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。見ると、いとこからの連絡だった。
「早く終わった。大丈夫なら今から合流する」
画面に映し出された文字に、安堵が湧いた。
土曜日は基本的には休診だけれど、どうしてもという患者がいる場合、予約分だけは診療をするらしい。
今日は一人だけいる、遅くても十三時を越えることはないというので、待ち合わせをその時間にしていた。早く来てもらえるなら、その方が嬉しい。
「いとこ、もうこっちに来られるみたい」
胡桃にも一応報告し、彼にも店を伝える返信をする。病院からここまで、歩いても三十分もかからない。彼は車での移動だから、もっと早いだろう。
「そっか! ちょっと緊張するね」
眉を歪めて笑う胡桃は、とても緊張している女子とは思えないくらい大きな口を開けて、ハンバーグを放り込んだ。
否、もしかしたら初対面の男の人が来るから、その前に急いで食べてしまおう、ということか。
やっぱりおれのこと、ちらっとも意識してないんだな。
思うほどに、苦笑を禁じ得なかった。
黙々と食べているのは、やはり急いでいるからか。頬を膨らませ、もぐもぐとしている姿が愛らしい。
急いでいてもしっかりよく噛んでいるようで、小さな子どもを見ているのと同じ微笑ましさがある。
「着いた。店内に入る」
スマホが震えて、二度目の知らせをしたのは、最初のメッセージから十五分ほどたった頃だった。
この距離で知らせをよこすのは、店内のどこにいるか知らせろということだろう。
幸い、店舗は広くない。克海は入り口に背を向けている状況だが、振り返るだけで見えるはずだ。
「着いたみたい」とひと言声をかけ、半身で振り向く。
ちょうど彼が入ってきたところらしく、店員に声をかけられていた。軽く手を挙げてなにか言っているから、連れがいる、と席の案内を断っているのだろう。
見ると、声をかけた若い女性店員が目にハートを浮かべた表情になっていた。
まぁ無理もないかなと、改めていとこの姿を見る。
克海も一八一センチと長身だが、その克海が並んでも、目線が少し上になった。多少の着やせはするが、さすがに空手の有段者、スーツを着ていてもがっしりしているのは見てとれる。
それだけではない。顔立ちもかなり整っていて、下手なアイドルよりもかっこいいのではないか。
試合時の眼光にはゾッとするほどの迫力がある。黙っていれば強面の部類に入るかもしれないが、自覚があるのか、いつも口の端に小さく笑みが刻まれていた。
男でも見惚れそうになるほどの、美貌の主だった。
こっち、と合図のために片手を挙げる克海に気づいたようである。目をこちらに向けると、にこりと笑って手を挙げて応じた。
「――ウソ……」
克海の視線を追って彼の姿を見たらしい胡桃の、声が聞こえた。
ふっと振り向くと、半ば口が開いている。目が入口の方に釘づけだった。
ああ、こっちもか。先ほどの女性店員に続いて、見惚れてしまっているらしい胡桃に苦笑する。
「
ぽつんと呟いた胡桃の反応に、唖然とせざるを得なかった。
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