第二章

1.相談

 天気のいい日が続いていた。

 四月下旬、気温も高くなっている。日中にいたっては、学ランの下が汗ばむ日もあった。

 とはいえ、朝はさすがにまだ肌寒い。登校にもまだ早い時間だから、人影もまばらで、人混みによる熱気もなかった。


 だから、冷房なんて必要ないと思うけど。


 ホームに着いた電車に乗りこみ、途端に感じた冷気に、身を震わせた。意味がないと知りつつ、思わず空調口を睨む。


「おはよー、草野くん」


 挨拶の声に、天井から目を下ろす。そこには、いつもと同じボックス席に腰かけた胡桃の姿があった。おはようと返事をしながら、斜め向かいに座る。


 始業二日目以降、日課となった光景だった。


 初めて一緒になった日は、朝課外はなかった。それでも早めの電車に乗っていたのは、人込みを避けるためだ。

 だから、課外のある日はあと二本早い電車に乗ると、登校途中に言った気がする。

 翌日、そうと知るはずの胡桃が同じ電車に乗っていたときには、正直驚いた。克海を待っていたとしか思えない。


 なんとなくドキドキしながら挨拶すると、「また変な夢見ちゃったの」と眉を歪められて、内心で苦笑した。

 なるほど、待ってはいたけれど相談員としてか。思えば、ほんの少し残念だった。


 なにせ、胡桃は間違いなく可愛い部類に入る。


 身長が低いだけではなく、全体的に華奢な印象があった。骨格自体が細いのか、肩幅など克海の胸幅くらいしかない。

 色が白く、日本人に多い黄みがかった白ではなく、ピンクっぽい色だった。

 髪も、かなり薄い栗色である。背中の真ん中まで伸びたロングヘアはゆるくウェーブがかかっていて、とても柔らかそうだ。


 いかにも女の子っぽい容姿、仕草で、黙っていれば美少女なのだが、本人にまったく自覚はない。

 少しでもあれば、「変身ポーズ」などやって見せることはないだろう。どうしても、幼いイメージが抜けない。


「今日もやっぱり?」


 あれ以来、おかしな夢は続いているらしい。

 大丈夫だった? と問いかけるのも日課になっていたし、その度に聞いているから、胡桃の夢について明確にイメージを掴めるようになっていた。


 いくつかパターンはあるものの、登場人物はいつも同じで、内容も似たり寄ったりのようだ。

 自分が男になっているときには、恋人らしき少女が見える。儚げに微笑む姿か瀕死で倒れている場面ばかりなのだという。


 もうひとつは、古代中国風の衣装を纏った大柄な男が出てくる夢。

 命懸けで庇ってくれたかと思えば、首を絞めて殺そうとする。

 優しげに笑った直後、怒声を浴びせる――相反すると言ってもいいほど態度が違い、言動は支離滅裂で訳がわからない。

 人間は毎夜、いくつもの夢を見る。夢を見ないと言っている人もいるが、ただ覚えていないだけで見てはいるのだ。


 忘却は、人間の救いである――そう言ったのは太宰治だったか。


 そこまで大げさではないけれど、夢をはっきり覚えていては疲労もたまっていく一方だろう。

 夢を見るのは浅い眠り、いわゆるレム睡眠のときだ。金縛りや明晰夢も、このレム睡眠時に引き起こされる。

 胡桃の場合は特に、不思議な夢はすべて明晰夢の形をとっているという。

 毎晩、現実かと錯覚するほどリアルな夢を見続ければ、疲れがとれるはずもない。


 それが、二週間も続いているのだ。


 大変だろうとは思うが、当人にはさほど暗さがない。

 愚痴めいて話し、それだけで済んでいるらしいのが救いではあった。

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