3.明晰夢
眠気をこらえながら、胡桃は電車に乗りこんだ。
始業二日目なのでまだ、朝課外はない。それにしては早い時間なので、車内は随分と空いていた。
四人掛けのボックス席に腰を下ろし、窓枠にもたれるように頬杖をつく。
あれからは、とてもではないが眠れなかった。
部屋にいるのも怖くて、タオルケット一枚を掴んで、リビングへと行く。
ソファで半ば横になりながら、気を紛らわせようと携帯端末のアプリでちまちまと遊んでみるも、もちろん集中などできなかった。
やっぱり眠ろうと頭までタオルケットで覆ってはみても、今度は周囲が気になる。
様子を窺うために顔を覗かせては、やはり怖くなって潜りこみ――それをくり返しているうちに朝になってしまった。
いつもは目覚ましが鳴ってもすぐには動かず、布団の中でうだうだすることが多い。
その時間も踏まえて目覚ましをセットしているのだが、今日はすぐに準備を始めた。当然身支度も早く終わる。
家にいてもすることはないしと、早めに家を出たのだ。
けれど、最寄り駅に着いた頃から、やけに眠くなってきた。二夜続けて睡眠不足だったから仕方ないのだけれど、電車に乗ると揺れの心地よさも手伝って、さらなる眠気に襲われる。
とうとう我慢できなくなって、ふわぁあと大きなあくびを洩らした、ちょうどそのときだった。
「おはよう、広瀬」
笑み含みの声が、頭上から降ってくる。驚いて目を上げると、見知った顔があった。
「草野くん! おはよ」
「そんなに眠いなら、もっと遅い電車にすればよかったのに」
「あははー、やっぱり見られてた」
もっともな指摘に、苦笑せざるを得なかった。
「なんか、夢見が悪くて。どうせ眠れないなら、早く行ってお散歩がてら遠回りしようかなって思ったんだけど」
「夢見が悪い?」
斜め向かいに腰かけながら、克海が首を傾げる。
どんな夢かと言外に問われた気がして、えっとねと話し始めた。
「あたしが、いろんな人になってるの。服が違ったり、体格が違ったり、見える風景もバラバラで、国や時代も違うみたいで」
昨夜に観た男の人は、古い時代の中国のようだった。けれど前日、木の上にいた自分は日本の着物を纏っていた気がする。
「でね、男の子にもなってたから、絶対に自分じゃないでしょ? だからこれは夢なんだなってわかって」
「夢の中で?」
問われて、首肯する。持っていた本をカバンにしまう克海を、なんとなく眺めながら続けた。
「全体的に悲しい感じだったな。火事だと思うけど、火の中であたしを庇ってくれた人が倒れたり。でもね、たぶん同じ人だと思うけど、その人に首を絞められたりもして」
「殺されたってこと?」
「たぶん。途中で意識が薄れた、っていうか、目が覚めたから、本当に死んじゃったかはわからないんだけど」
死という単語に、一昨日の夢が思い出された。
「逆にね、知らない女の子が倒れてる夢も見たの。抱え起こしたら、血がべったりと手について――」
見たこともな出血の量だった。あれではきっと、助からない。
ふと、倒れた少女の重さ、血の感触が甦る錯覚に襲われて、そっと両手を握りしめる。
「質問」
真摯な顔で聴いていた克海が、口元に当てていた手を軽く挙げた。
「もしかして夢の中で触ったものとか、現実っぽくなかった? たとえばその女の子の、血に濡れた感じとか匂いとか」
「えっ!?」
思わず上げた声は、上ずった素っ頓狂なものだった。
まさにその通りではあるが、今までの会話を思い返してみても話した記憶はない。
「草野くん、読心術ができるの!?」
「できないできない」
パタパタと片手を振る顔には、困ったような笑みが刻まれていた。
「そういう事象があるのを知ってるだけ。
克海が口にしたのは、まったく耳馴染みのない言葉だった。
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