第8話 男装のエリル

 深夜だ。人通りはない。だが、用心のために路地裏に入り、鏡を出す。

 本来の鏡として使うためだ。月明かりの中、エリルは鏡をみながら、自分の顔を化粧する。

 ものの数分で凛々しい美男子が誕生した。


「こんなもんかな?」

「……なるほど確かにこの変装はわからない……」

「まあね、仕事だからね」


 彼女はニッコリ笑うとオレに


「さ、今度はアルくんの番だよ?」

「ん?」

「美男子にしてあげるね?」

「あ、ああ」


 ……彼女は手早く僕の顔も化粧していく、さっきより速い。


「できたっと」


 オレは鏡を見る。そこにはオレとは思えないような美男子がいた。


「完全に別人だな……、よし、行くか」

「ええと、アルくんはできるだけ、話さないようにね?」

「ボロがでるものな……」

「そういうこと」


 意を決して門の方に向かう。篝火が輝いている。その明かりは、どうしようもなくオレは安心させた。敵地の明かりだというのに、歩み寄るたびに大きくなる光と人影に安心感を覚えるのは不思議なものだが、ひとはそういうものだ。


 だが、ビクビクするよりはいいだろう。単純にオレのキモがすわっているだけかもしれなかったが。


 門番はオレたちを見ると……

「おまえら美男子だな……。なんだ……実は……二人組は通すなと言われているんだが……」

「どうしてかしら?」


 エリルは女言葉のまま門番に話しかける。


「あーまぁいいか……。男女のペアだと聞いているし、気の毒だしな……」

「ありがとう! 恩に着るわ」

「ははは、仲良く駆け落ちか……、まぁ事情は察するよ」

「そうなの、わかってもらえて嬉しいわ」


 とエリルは門番の勘違いを肯定した。


 こうして、なんてことはなくオレたちは帝都を脱出した。

 篝火と人影が、振り返っても小さくみえるようになった。


「さて、このあたりでいいかしらね?」

「ん?」

「もう一度、鏡を通りましょう」

「え? あ、ああそうか、王宮で寝たほうが疲れもとれるしな」

「それだけじゃないよ? アルくん。密偵はわたしだけじゃないの……つまり、人を交代させることもできるわ……」

「なるほど……僕らと本当に別人がこのあとを引き継ぐって寸法か」

「うん、そのほうが多分安全じゃないかしら?」

「よし……」


 おれは古代魔法語を唱えた。鏡の扉が開き、王宮で王女たちが、なにやら話しているのが向こう側に見える……。


「長旅につかれているから……安心できるところで今夜眠れるの嬉しいね」


 とエリルは言う。


「ホントだな……さていくか」


 オレたちは王宮に空間を超えてまた戻った。

豪華な客室で二人仲良く寝ると、朝を迎えることになる。


 朝、代わりの覆面をした人員を4人鏡から送り出した。


 不審に思ったが、エリルによると密偵の顔を割ることは密偵同士でも避けるそうだ。ひとしごと終えたところで、王女とエリルとオレはランチを一緒にとることになった。ゆっくり話せなかったから、今後のことを相談したいとのことだった。

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