脱線はあたりまえ

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[八葵]「おいっす〜。私は今日もこの席さ。そしてキミはどうせ私の隣! いやあ、キミ1組じゃないのに、そこが決まった席みたいだね。まあ私も1組じゃないんだけれども……」


《窓の外から聞こえるセミの鳴き声》


[八葵]「セミってさ、儚いよね。その生態を人が夢見たわけでもないのに、勝手に儚いよね」


《椅子に凭れてバランスを取る音》


(椅子をぐらつかせながらあなたのほうを向く八葵)


[八葵]「……唐突に、セミ雑学のコーナ〜。実はセミが出してるのって声じゃなくて、お腹の中にある空洞で響かせてる音なんだってさ。まるでテストがからっきし、頭空っぽの私が補習のためにシャーペン動かしてる音みたいですな。……自分で言ってて悲しくなってきた」


《しばらく、シャーペン滑らせる音》


《消しゴムが滑って、ノートが破れる音》


[八葵]「うぎゃ! もう! 消すのミスった! ……あーもう無理! 真面目モード全然続かない! 遊ぼうぜホーちゃん!」


(断るあなた)


[八葵]「えぇ〜! つれないなあ! 今日数Ⅱでしょ? 先生熱海か塔ノ沢に湯治に行ってていないじゃん! どんだけ遊んでもバレないって!」


[八葵]「うりうり、遊ぼうぜ〜? 遊んじゃいなよ、遊んだって誰も咎めないぜ〜?」


(あなたの周りを回るように拐かしてくる八葵)

(声がぐるぐると回るように掛かる)


(ぐるぐると、回られる)


《シャーペンの芯が折れる音》


[八葵]「おっ、やる気が切れた音がした。何して遊ぼっか? 古風だけどしりとりとかする?」


(あなたの左隣の席に再び着く八葵)


[八葵]「え? ありきたり? じゃあなんか縛り付けたいな。……そうだ、好きなものだけしりとりとかどうですかな? お互いが好きなものしか使えないや〜つ、とか」


(八葵があなたの前の席へと移動する)

(以降、掛かる声は左から前へと移る)


[八葵]「そいじゃあしりとりの“り”から! 流石に王道だけど、りんご! シャクシャクじゃなくてモロモロするやつ!」


(“ごま塩”と言うあなた)


[八葵]「お、ごま塩かあ。ご飯にかけると美味しいよね。夏場の塩分補給にもちょうど良し。“お”、ねえ。“お”かあ……」


《シャーペンの芯を出したり戻したりする音》


[八葵]「そうだ! オムライス! 全お昼ご飯の中でいちばん好き! ……えぇ? オムライスはお昼ご飯でしょ。朝ご飯にしては重たいし、夜ご飯にしては物足りないボリュームだからさ。……おっと、解釈違いかい? その喧嘩、受けて立とうじゃねーの」


(椅子の背もたれに凭れかかりながら、「うりうり、喧嘩か〜?」などと言ってジャブをする八葵)


[八葵]「ほい、次は“す”だよ。オムライスの“す”」


(“数Ⅱ”と答えるあなた)


[八葵]「いや嘘つけ〜ぃ! 数IIて! す! う! に! て!(大声) だったら今日補習食らってるのはおかしいだろうがよう!」


《あなたの腕にチョップが入る音》


[八葵]「まあ、好きなものでも苦手かもしれないし、ね。そこは寛大にいこうじゃないか。そいでなんだっけ。“に”だっけ」


[八葵]「……兄……様。兄様! ……あっ、言ってなかったっけ。私お兄……兄様がいるんだよね〜」


(少し声のトーンが不安定になる八葵)


[八葵]「そ、そそそそうですよ? 系図正しき井雲家では、たとえ親しい実兄であろうと丁寧に“兄様”呼びですが?」


[八葵]「もう、うるさいなあ。兄様呼びって言ったら兄様呼びなの。……ほら、“ま”だよ」


(“万歩計”と答えるあなた)


[八葵]「万歩計!? えっ、キミってもしかして趣味で散歩とかしてたりする? ……うん、流石に夏は控えなよ。私もよく散歩するけど、この季節はルートをだいぶ絞ってる。15分でも長いくらいだし」


[八葵]「次なんだっけ? “い”? “い”かあ。い、い……居酒屋!」


(未成年飲酒を疑うあなた)


[八葵]「……え!? いやいや飲んでないよ!? それは断じて! おじいちゃんの友達が居酒屋やっててさ、昔しょっちゅう遊びに行ってて、その名残りでね! はいこの話終了! つぎ“や”ね!」


「そういえば」と八葵が言います。


[八葵]「ホーちゃんってどこ住みなの? 電車通学? 自転車通学? それとも徒歩? 学校に居候?」


(「居候でしょ? 居候でしょう?」と言って期待を顕にする八葵)


(横に首を振るあなた)


[八葵]「えー、宿直室に住んでるんじゃないんだ。……徒歩? あ、私も徒歩だよ。家はどの辺? ……えっ!? めちゃ近所じゃないスか! でも多分小学校と中学校は違うよね。私キミのこと見たことないもん」


《八葵が机を叩いて立ち上がる音》


[八葵]「小中はどこなの? ほう、ほうほう。うーん……。あ、もしかして、家の近くにっきい川とかあったりする?」


[八葵]「あるよね。それが確か校区の区切り……というか、市町村の区切り。多分キミは、先生が鬼怖くて子供が裸足で逃げ出すことで有名なあの……名前忘れた。立派な耳鼻科があるところの近くに住んでるでしょ? 私は川を挟んで、その反対側に住んでるんだ。私鼻悪くしがちだから、耳鼻科が近くで羨ましいなあ。でも先生が怖いのは嫌だね。間違いなく」


[八葵]「あれ、しりとりってどこまで進んだんだっけ? りんご、ごま塩、オムライスと来て……」


(「八葵」と呼ぶあなた)


[八葵]「……ほぇ? なんで急に名前呼ぶのさ。まあ名前呼びになってくれて私は大歓迎ですが? 親密度アップってやつですな」


(「や〜、疲れた疲れた」と言いながらあなたの左隣の席へと腰を下ろし直す八葵)


[八葵]「あ、そうだ。家が割と近いことも分かったし、今日は一緒に帰ろうよ。お互いの小中の武勇伝でも語り合おうぜ!」




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