*————Prologue(2)



 ふん、と息をついた皇太子のあおい瞳は熱を孕み、遠慮がちに見上げたセリーナの瞳をとらえて離さない。

 口元に浮かべた悪戯いたずらな微笑みもそのままだ。 吐息がかかるほどに近づいた顔と顔との距離感には戸惑うばかりで、目のやり場にも困ってしまう。


 そんななかで紡がれた皇太子の艶のある低い声。

 耳元でささやかれたので思わずのけぞってしまった。

 言の葉は強引だけれど、幼子おさなごをあやすように優しい声色がセリーナの鼓膜を揺らす。


「今度はちゃんと断っておく……もう殴られるわけにはいかないからな。今夜こそ私はお前を抱く。抵抗は許さない」


 ——どうしよう!?


 鼓動がはがねのように胸を叩く。


 ——拒否してしまえば今度こそ皇城ここを追い出されるかも知れません……三度目の正直で、さすがにもう《失敗》はできませんっっ。


 諭すような言葉と凛々しい腕に囲まれて逃げ場を失ってしまったセリーナはさすがに覚悟を決めたのか、うつむいたまま消え入りそうな声で応じる。


「………はい。仰せのままに」


 セリーナの言葉が終わると、すぐに皇太子の大きな身体がのしかかってきた。

 不意打ちのように耳朶を甘噛みされ、思わず小さな声が漏れる。


「や……っ……?!」


 驚いて身体をよじったが、並の男性よりも上背のある皇太子とは二十センチ以上も身長差がある。並の女性よりも小柄なセリーナが少しだって抵抗できるはずもなかった。


 耳朶に続いて首筋に柔らかいものが触れる。ちゅ、と卑猥な音を聞けば、ぞわりと背筋があわだった。

 ほぼ同時に右側の胸が大きな手で包まれる。薄い夜着ごしに皇太子の手のひらの熱がじんわりとセリーナの肌に伝わった。


 ——皇太子は左利きだ。

 なんて、どうでもいい思考が巡る。


 慣れた所作で身体に触れてくる皇太子は、他の侍女たちの経験談に違うことなく、やはり《口づけをしない》のだった。


「く……ぅ」


 唇の代わりに首筋に落とされるキスの雨。

 同時に、あけすけな夜着のレースの上から胸の頂きを優しく摘まれると、予想だにしなかった刺激の強さに声が口から溢れ出そうになる。


「んぅ……!」


 はしたないと慌てて呼吸ごと飲み込んだ。

 それを見抜いた皇太子が夜着の上からすでに固くなった頭頂をいたぶるようにくにくにと弄る。


「や、だ……っ」


 初めての刺激に呼吸を荒くしたセリーナは懇願するように瞳を潤ませ、皇太子を見上げた。


「お前が嫌がっているのは知っている。だが許せ。これは私とお前の責務なのだ」


 夜伽は『白の侍女』に課せられた《責務》だと理解わかっている。

 けれど——嫌がっていると知っていて尚それを強いる皇太子本人が何故『許せ』と言ったのか。この行為を責務だと呼んだのか……セリーナにはわからなかった。


 それでもどうにか抵抗を示そうとして言い放った「嫌だ」という言葉はきちんと皇太子の耳に届いたようだった。


 おもむろに半身を起こした皇太子が気怠けだるそうに顔をあげ、落ちた前髪を掻き上げる。青白い月明かりに照らされた面輪おもわはやはり途方もなく美しい。


 ——良かった、許してもらえそう……っ


 皇太子のために集められた見目麗しい『白の侍女』は二十人もいるのだ。しかもセリーナ以外の皆がこの鬼畜な責務を待ち望んでいる。

 皇太子だって嫌がっているセリーナに無理強いする意味もないだろう。


 大剣を振るうべく鍛えられた筋肉質な体躯に月の光が青白い影を落としている。

 まるで美術品を眺めているようなその光景は筆舌し難いほどになまめかしく、セリーナの鼓動がどくりと跳ねた。


「なんだ、可愛いじゃないか?」


 ふ、と目を細めた皇太子は妖狐のような薄い笑みを浮かべている。その視線が刺さるようで、セリーナは無意識に両腕で自分の身体を掻き抱いた。


「そっ……そんなふうに、見ないでください……」

「隠されると余計に見たくなるものだぞ?」

「じっと見られたら……困ります」

「夜着の上から見るだけで困ると言うのなら」


 もっと困らせてやろうか。

 そう言わんばかりの皇太子の双眸は、強い欲情の光を放ちはじめていた。

 自分の身体を抱きしめて可愛い抵抗を重ねているセリーナの腕を難なく引き剥がすと、か細い手首を掴んで頭の上に縫い留める。


「なっ!?」


 てっきり許してもらえると思っていたのに、肩透かしを喰らったようだった。


「昔から男女の交わりは互いに一糸纏わぬものと決まっている。初心だとはいえ、知らぬとは言わせないぞ」


 防御が外れたところに長い指先が伸びた。

 すべらかな肌に手のひらを這わせながらセリーナの夜着をするりと捲し上げると、固く閉じた両足が白い腿まであらわになる。


 あまつさえこれでもかと見開かれたセリーナの二つの瞳には、恐怖の色が滲んでいた————。




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