第9話 動物園デートとマドンナ先輩の哀切《後編》
「わぁ…!モルモットって、結構毛がしっかりしているんすね。よしよし…。」
「そうね。意外と大きいし、撫でごたえあるわよね。よしよし…。」
俺と涼子さんは動物に触れるふれあいコーナーの一角で、膝にモルモットを乗せ撫で倒し、癒されていた。
「涼子さん撫でるの上手っすね。モルモットメッチャ気持ちよさそうにしてる。何か飼ってたんすか?」
「ええ、昔ね…?健太はハムスターと仲良しで…。っ…。」
涼子さんはそう言いかけ、刹那切なげな表情になり、目元を拭った。
「な、何でもないわ…。」
「……。」
涼子さんはすぐ笑顔を浮かべたが、一瞬見せた哀切の表情と「健太」という名前…。
もしかして、健太さんというのは、涼子さんの恋人だった人じゃないだろうか?
以前、酔っ払った涼子さんを送った時、ベッドサイドの写真立てを慌てて伏せていた事があったけれど、あれも、もしかして…。
かつての恋人の写真を今でも部屋に飾っているのだとしたら、涼子さんはまだその「健太さん」という人の事を…。
俺は何故か胸の奥がズキリと痛んだ気がした。
✻
「わぁ、広樹くん、見て?ウサギさんのニンジンの食べ方可愛いわ〜♡」
「ほっぺ、もきゅもきゅっすね〜。」
その後、俺達はウサギなどの小動物へ餌やりをして、癒された。
キラキラの瞳で動物を見つめる涼子さんの姿に、鈍い俺にも彼女はどうやら小さく可愛らしい生き物が好きらしいという事が分かった。
それから順路通りに動物園をぐるっとひと回りした。
やや曇っていて、猛暑という程ではないものの、夕方近くの強い日差しに疲れたように身を横たえて休んでいる動物が多く、岩陰や巣に隠れて姿の見えないものもいた。
俺達も暑さに耐えかねて、園内のカフェで一休みする事にした。
「は〜。涼しいっすね。」
「結構日差しが強いわよね。生き返るわ〜。」
テーブル席につき、互いにコールドドリンクを飲みながらホッとひと息ついていると、涼子さんが期待するような瞳で俺に聞いてきた。
「ね。広樹くん。さっき、私がお願いした事、聞いてみていい?」
「ああ。涼子さんのイメージっすね?えっと…。」
俺は咳払いをして涼子さんに真面目な顔で向き合った。
「大学でいつも見かける涼子さんは、才色兼備のマドンナで、正直近寄りがたい存在かなって思ってましたけど…、
後輩の俺の話を親身になって聞いてくれて、男避けになるメリットがあるとはいえ、NTRの謎を解く為に偽の彼女にまでなって協力してくれて、本当に優しい人なんだと思いました。
お酒に酔った時は、子供みたいになっちゃって、可愛いかったですし…。」
「ほ、褒めてくれるのは嬉しいけど、酔っ払った時の事は忘れて欲しいわ〜。」
涼子さんは赤面して、顔を両手で覆ってしまった。そんな彼女も可愛いらしいと思いながら、俺は続けた。
「今までで知る限りですけど、涼子さんは基本アニメや恋愛系の映画が好きだけど、他の人と見る時は、他のジャンルでも楽しめるノリの良い人で、小動物系の可愛い動物が好きな人。
あとコーヒーよりは紅茶派?」
「…!そうね。その通りだわ。広樹くん、私の事よく見てくれているわね。」
涼子さんは、自分の飲んでいるアイスティーのグラスに一瞬目を遣り、嬉しそうな笑顔になった。
「動物に例えるなら…う〜ん。
今日動物を見て回りながら、ずっと考えていたんすけど、なかなかしっくり来るのがなくて…。ライオンでもないし、トラでもないし、何だろう?
肉食系の動物ってのは間違いがないんすよね…。
いつもニコニコ笑顔で獲物を仕留める時は一撃必殺みたいなイメージなんすけど…。」
「に、肉食系…!一撃必殺って…!(があん!私、そんなにガツガツしてるように見えるのかしら?)」
俺が考えながら答えると、涼子さんはちょっとショックを受けたような表情になっていた。
「ま、まぁ…。それだけ私の事を考えくれて、分かってくれたなら嬉しいわ。合格よ?
ちなみに、私の広樹くんについてのイメージも知りたい?」
「は、はい。知りたいっす。」
涼子さんに何を言われるかと、俺は緊張ぎみに背筋を伸ばした。
「広樹くんは、猫みたいにマイペースで、自分の好きな事に正直な人ね?
アクション映画とポップコーンが好きで、学食はだいたい焼き鯖定食、時々担々麺。好きな車種は、ホ◯ダシビック。
大きい動物が好きでコーヒー党(砂糖多め)でしょっ?」
涼子さんにウインクされ、俺は自分のアイスコーヒーに目を遣り、驚いて目を瞬かせた。
「よ、よく知ってますね?」
最近のデートで得られる情報だけでなく、学食のメニューや、車の好みも知っているなんて…!
大学の人気者である涼子さんの元には生徒一人の詳細な情報まで集まるんだろうか?
やべー、サークルの飲み会で、男子同士でセクシー女優のAmuちゃんについて熱く語っていた事も知られていたらどうしようと慄いていた時…。
「さっきも少し言ったけど、広樹くんはマイペースだけど、ワガママっていうのとは違って、むしろとても包容力があって温かい人だと思うわ。
あなたのそういうところに癒されて自然と人が集まってくるのよ。
もちろん、私も、そんな広樹くんだから、協力して今の状況を変えてあげたいと思うの。」
「涼子さん…!///」
思いがけない事を言ってもらい俺はじ〜んと胸が熱くなった。
「や、そんな事言ってもらったの初めてっす。なんつーか、嬉しいっす。」
涙まで込み上げてきそうになり、目をシパシパさせていると、大人の笑顔で彼女は言うのだった。
「ふふっ。私達、以前よりはお互いの事を分かるようになったわよね?
これで、あなたの彼女として親友の鉄男くんに紹介されても不自然じゃないんじゃないかしら?」
「…!」
そうだった。涼子さんとの関係は、NTRの謎を解き明かす為の仮初の関係。
全てが終わったら解消されて、俺達はただのサークルの先輩と後輩の関係に戻ってしまう。
忘れていたわけじゃないのに、涼子さんの言葉に動揺してしまう自分がいた。
「鉄男くんに連絡とって、今度三人で会えるようにセッティングしてもらえるかしら?」
なのに、なんてことないように言う涼子さんの言葉がどうしてこんなに残酷に響くのだろうか。
「分かり…ました…。」
そう返事をした俺の声は、やけに乾いて響いた。
✻あとがき✻
次回からいよいよ鉄男との対峙するお話になっていきます。
来週もどうかよろしくお願いしますm(_ _)m
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