第7話

《……確認しました》


《……報酬として、個体名:春名怜に『スキルルーラー』を付与します》


…それからは声が聞こえなくなった。

「望み」を言ってから、なんて中二病なことを言ったんだと、少し恥ずかしくなったが…、まあ、最強になりたい、って言ってくれたものなんだから、多分、いい物を得られたんだろう。


良しとしよう。


それよりも、だ。

気づくと、俺が触れていた球体は消えて無くなっていた。


その代わりに、目の前、先程この部屋に入ってきた時と反対側の壁に、もう1つドアが現れていた。

さっきと同じドアだ。


これを開けろということなのだろうか。


後ろを振り返ってみると、ドアは閉まっていた。


「…怖」


また不気味だ。でも今回もまた、前に進むしかないのだろう。


意を決して、取っ手を捻り、ドアを開ける。

その先には、部屋の真ん中にあった球体と同じ、吸い込まれそうな黒だけが広がっていた。


足を踏み入れる。

地面は、あるみたいだ。


そのまま先へと進む。


体が全部「黒」の中に入ると、俺の意識は途切れた。







「う、うぅ」


体中に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと重たい瞼を上げる。


周りは暗かったが、ここはよく知ってる場所だ。

俺は、穴に落ちる前に居た道路の真ん中に、寝そべっていた。


「戻ってきたのか?」


見慣れた風景が目に入って気が緩んだのか、疲労感がすごい。腹もめちゃくちゃ減ってる。


「帰るか…」


重たい体を引きずって、夜の通学路を歩いて行った。





ガチャッ

鞄から取り出した鍵を回す。


ドアを開けると、ドタドタと2つの足音が聞こえてきた。


「「怜!」」


母さんと父さんだ。

母さんに抱きつかれた。


「生きててよかった」


外は暗くなってたし、俺が穴に落ちてから、大分時間が経ってたんだろう。

母さんは泣きそうな顔だった。


「ごめん…」

「とにかく無事で良かった。怪我とか無いか?腹も減ってないか?」


父さんは、母さんほど動揺してる、って感じはしない。でも、心底安堵したような顔をしていた。


「怪我は大丈夫だよ。それより、お腹減った」

「じゃあ、ご飯急いで用意するね」

「ご飯食べながら、ゆっくり話すか」

「うん」


ほんとに家に帰ってきたんだって、安心して、泣きそうだ。

恥ずかしくて、頑張って堪えた。




3人で、ご飯を食べながら話した。


今朝の大地震は、俺が住んでるW県だけじゃなく、全世界で同時に起こったものらしい。

ただ、20秒ほどで終わり、その後は津波も、余震などもない。

そして、凄い揺れだったにも関わらず、重傷者や死者はゼロ。軽い怪我をした人は居たらしいが。

そして建物の倒壊といった被害も全く無かった。


…という内容が報道されていたらしい。

被害は少なかったとはいえ、この摩訶不思議な事態に、世界中が大混乱に陥ったようだ。


出勤前だった2人は、地震が起きるとすぐに最寄りの避難所へ行った。

そして、数時間の後、津波も、揺れももう無いということが発表されたので、とりあえず帰ってきたらしい。


家に着いたのが夜6時ぐらい。

だけど、俺がまだ帰ってきてなかった。


2人は、避難所でも俺を探していたが見つけられず、電話を掛けても繋がらない。学校に掛けても「分からない」と言われた。


捜索届を出すか、探しに行くか、と話し合っていた時に、俺が帰ってきた。

それが大体夜7時ぐらい。


そんなに時間が経ってたのか、と驚いた。

それ程長い時間を穴の下で過ごしてた気はしない。

まあ、穴に落ちた後とかは気を失ってたし、思ったより時間が経ってたのだろう。


俺は迷った。

ダンジョンの事を話すかどうかだ。


俺はあれが現実だと確信してる。

でも、話をきいただけじゃ信じられないだろう。それに、説明するのも正直、億劫だ。

すごく疲れてるんだ。今すぐにでも眠ってしまいたい。


それにまだ、自分の中でも、起こった事の整理が出来ていない。


とりあえず、適当なアリバイをでっちあげることにした。


「俺も、地震があってすぐ避難所に行ったんだ。バスに乗る前だったし、多分2人と同じ所に行ってたよ。入れ違いになってたんじゃないかな」


電話が繋がらなかったのと、帰りが遅くなったことについては、揺れのせいで転けた時にスマホが壊れ、足を挫いてしまい帰るのが遅くなった、と説明した。


足の怪我を心配されたが、避難所で休んでたら良くなったから大丈夫、と言って、会話を切り上げた。




その後は風呂に入って、泥の様に眠った。




…その次の日から、世界の変化は急速に表面化していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る