02_大人の義務

 まだ潮の香りが残る新宿駅西口..跡。江戸時代から交通の要所であったこの辺りは、すでに歌舞伎町の混濁と並行して利用者が激減し、汚染されるがままに朽ちていった。「夢見城」を中心として見せる景色は正にモンサン・ミシェルと言っても過言では無い。


 そんなこんなで今日もつきました歌舞伎町。前来たよりも混濁がひどい。あれは獣人?か、ウマ男?猫女?。さながら妖怪横丁である。幸せそうな家族、エロ漫画さながらの美男美女..少し幸せかも..


 小学校を通り過ぎ、旧TOHOシネマズの前にトラックを慎重に駐車させる。周りにひとだかりができるのを感じた。私は内蔵スピーカで呼びかける。


「コンテナ1~3を解錠するので、トラックから離れてください。危ないですよ~。」


 運転席の2つのボタンを押すと3つのコンテナ上部の扉が四方に開き、機械の駆動音とともにコンテナは巨大な露店へと変形した。その様はまるでキャラバンのよう。


「コンテナ1、2は飲食品あと少々の嗜好品、3は...」 


 あっ、と私は冷や汗をかいた。慌ててコンテナ3を閉じる。


「すいません。コンテナ3は設備不良で開けられないみたいです。申し訳ございません。飲食品には限りがありますので、愛をもって持っていってください。」


 危うく法律と対面するところだった。危ない、危ない..


 だが安心するのも束の間、急に運転席の窓をたたかれ、私は驚いた。サングラスをして頬に十字のキズの入った男。あっ..なんかやっちまったかな...死んだかも..顔面蒼白になり、窓を開ける。


「どうし..まし..でしょうか?」

「兄ちゃん..ちょっといいか?」


 柄の悪い男は、いや彼のためにあえて言い直そう、センスの良いメタル的な外見をした彼は私を「夢見城」の一室へと案内した。部屋には町の活気を背に1人の女性が座っていた。私は案内されるがまま、黒スーツにシルクハットを被った女性の対面に座った。

 

 酔った男女、客引き、泣き叫ぶ声がよく聞こえる。男は葉巻の煙の中話始めた。


「なぜ~、3つ目のコンテナ開けんかったんじゃ?」


 彼か、彼だったのだ。法律を犯してまで大量の「本」をここに頼んだのは。私は注意深く言葉を選びながら答えた。


「本を頼んでくださったのはあなた様でしたか。ありがとうございます!しかし、東京に本を持ち込むのはすでに法律違反です。暗黙の了解でお渡しすることも可能ですが...ただ「聖書」が混ざっていたことが大問題なのです。もしあの時コンテナを開けていたら、この町が法律を犯したことになり、世界からも迫害されてしまうことになったでしょう。」


 何年ぶりの冷や汗だろう。特に体調を崩すことも無く、長年の経験からどんな荒事もこなしてきた。だが、そんな私でさえこのシチュエーションに恐怖した。死の恐怖である。


「そういうこっちゃ。あの政治家いらんことするわぁ。じゃあ、聖書以外は貰うことはできるんかぁ?」


 なるほど、政治家がらみか...会社に国の支援があるとは言え部長も怖いことをする..


「わかりました、今回だけですよ。ただ今はトラック周りに人が多いので、落ち着いてからにしてください。」

「うむ、わかった!ありがとうなぁ、お兄ちゃん。これで学校の子供達も喜ぶわぁ!」


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 学校への本の搬入も終わり、すでに夜中の10時になっていた。まさかあの人達が学校の校長、教頭だとは...彼らは裏で文部科学省の関係者に頼み込み、うちの会社経由で極秘裏に本を発注したらしい。怖いものしらずか、おい!


 「夢見城」が出現した頃は多くの若者の流入により、かなり治安が悪化した。しかし、その治安を武器と暴力で秩序づけたのが彼ら「くま組」だったようだ。「くま組」の「くま」の字は校長のあの女性、松本さんいわく、特にこだわり、幼稚園のような安心感と罪を罰する凶暴性を両立させた名前だそうだ。


 すでに歌舞伎町はネオンと夢の町へと変貌しあの頃を思い出させる。私はトラックのエンジンをかけて潮の引いている打ちにここをでようとした。


 バンッ。発砲音。私は身を伏せる。コンテナカメラで確認するとコンテナ後方、旧TOHOシネマズから誰かが走ってくる。


「そこの車?トラック?の人助けて!」


 レモン色とぴんくの混じったツインテールの女の子、と後ろには黒スーツ、サングラスをかけた男が2人。追いかけられているのか?。助けたいという気持ちを押さえ冷静に考える。もしかしたら抗争の火種になるかも知れない、私に助けを求めてないかも知れない、死ぬかも知れない。


「助けて、トラックの人!」


 そこからは無我夢中だった。AUTO運転のスイッチONにし、コンテナ3まで走る。手動でコンテナを開け、彼女に手を伸ばした。


「乗れ!」


 彼女は12、3歳だろうか、まだ子供だ。彼女も私に手を伸ばす。


 パンッパンッ。黒づくめの男達が私達に向けて発砲する。伸ばした手が離れる。


 相手は武装している、でも彼女を助けたい、どうすれば良い...


 すると別の方向から銃声が鳴る。目線を向けると松本さんが立っていた。


「松本さん!」

「はやく、いきな。子供を守るのは大人の務めだよ。」


 彼女の他にもぞくぞくと「くま組」の組員が建物から顔を出し男達を牽制する。銃弾のはぜる音が飛び交う。男達は壁に隠れ、前に進めない様子だった


 「くま組」のおかげで、やっと女の子に手が届いた!コンテナにその子を迎える。


 だが、後方から-どこに隠していたのか-BMPT..戦車支援戦闘車が追ってくる。そこまでするか?対市街線用の戦闘車両..あの機関銃に打ち抜かれたらまずい。さすがに「くま組」でもあの戦力に対抗しうるほどの武器はもっていないようで戦闘車の装甲を弾が踊っている。


 すると女の子はおもむろに戦闘車の方に目を向け、驚くべき事に中空からRPGをとりだしミサイルを発射したのだった。ドシュ..ドカーー---------------ーン。戦闘車は爆発しなかった。焼夷系のミサイルであったようで装甲が燃え、中から熱に耐えられなかった迷彩服の軍人?が外にはいずりでてきた。


 彼女を運転席に乗せ、アクセルをいっぱいに踏む。バックミラーを除く燃焼は、ピンク色のチープな煙に変わり魔法をみているようであった。幸いにもまだ潮は満ちきっておらず、ゲートまでたどりつくことができた。今度、「くま組」にお礼をしよう..本当に命の恩人だ。


 だがこれからどうなることやら..あの軍人達はなんなんだ...てかこの女の子は何なんだ?


 彼女は楽しそうに、助手席に座っていた。

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