第12話 「私が手に入れたかったものは……」

■マイハウス リオの部屋


 静寂を破る小さなノックで私は目を覚ました。

 柔らかい月の光が窓から入ってきている。

 ゆっくり寝間着で体を起こすと、再び小さなノックが続いた。

 少し肌寒い夜なので、上着をアイテムボックスから取り出して羽織り、ドアに近づいて開ける。


「フェン? どうしたの?」

「マスター、少し外にでないか?」

「こんな夜中に?」


 私はこんな時間に訪ねてきて、外に行こうというフェンの言葉に首を傾げた。

 普段ならば、夜はで歩くなと注意を受けるくらいなのに、今日はどうしたんだろう……。

 どうしようかと悩んでいる私を、フェンは有無を言わさずにお姫様抱っこして、窓から外へと飛びだした。

 そのまま地上を勢いよく駆け出すフェンに私は抱き着く。

 なんで、こんなに必死に急いでいるのか私にはわからない……。

 そうしているうちに私とフェンは夜の湖の畔に来ていた。

 ナロキ草を取りに来た時にも見た光景だけれど、ゆっくりとみると月の光が湖面に反射して美しい。

 木々の揺れる音と共に風が流れ、私の頬を撫でた。

 フェンは私をお姫様抱っこしたまま歩き、倒れた木が丁度椅子のようになっているところへ腰かける。

 それでも、私のお姫様抱っこをほどく気はないらしい。


 「どうしたの? 夜にこんなところまで連れてきて……」

 

 部屋を出る前からずっと黙っているフェンの顔を見上げて訪ねるが返事はない。

 返事はないというか、顔をほんのり赤くして、私の方を見られないような状態のようだった。


「もしかして……照れてるの?」

「マスターが、そんな恰好しているとは思わなかった……から……」


 私の恰好? この寝間着?

 ふと、自分の寝間着を見返すと、薄手のネグリジェ系であったことに気づく。

 だんだんと顔が真っ赤になって、熱を持っていくのがわかった。


「い、いやっ!? 恥ずかしい!」


 羽織っていた上着の前を閉じて身を縮める。

 シャワーを浴びて着替えたいと思って、アイテムとして持っていたのがこんなのだった。

 私が購入したわけではなく、いつも着ている薬師衣装を手に入れるため、ガチャをたくさん回した時に入手したものである。

 だから、私の趣味じゃない!

 私の趣味じゃないんだもん!


「マスター、すごくかわいい……」


 私がフェンの腕の中で丸まっていると、フェンが私の首筋のところに顔をうずめてぐりぐりとすり寄ってきた。

 ゲーム時代から、フェンがよくやる行動である。

 姿が変わって驚いていたけれど、こうした行動を見るとあの頃のままなんだなとちょっと安心できた。


「マスターは、オレのことをどう思っているんだ?」

「どうって、大切な……」


 大切な、なんだろう?

 私はその先の言葉が出せなかった。

 子供? 違う。

 下僕? 違う。

 恋人? ……たぶん……違う。


「大切な……何だ?」


 フェンの氷のような透き通った青い瞳が私の目をじっと見つめてくる。

 私も見つめ返すと、その瞳の奥に不安や恐怖のようなものが見えた。


「フェン、不安なの?」

「ああ、不安だ……マスターが俺を見なくなるのが……消えてしまうのが不安だ」


 いつも自信たっぷりな表情をしているフェンの顔が迷子の子供みたいになっている。

 そんなになるまで、私は不安にさせていたのかと反省した。

 主としてといったら、フェンがまた拗ねてしまいそうではある。


「ごめんね、フェンとはもう5年の付き合いなんだもんね」


 私はフェンとの5年間を思い出す。


 ◇ ◇ ◇

 

 私がゲームを始めたとき、一緒に連れていくのは犬系と決めていた。

 従順で、モフモフで、育てやすいと3拍子揃っているところが決めてになっている。

 チュートリアルクリアで手に入る☆3の従魔がフェンリルだった。

 だから、私はフェンリルのフェンを大事に育ててきている。

 強さでは他の従魔のほうが強いと言われていても、日々の薬草採取クエストや、レイドバトルなども5年間にあったいろんなゲーム内イベントをずっと一緒に過ごしてきた。

 一緒に過ごしてきて、話を返してくれないにも関わらず愚痴を聞いてもらったりした。

 風邪で会社を休んだ時も、こっそりゲームをつないで、一緒に日向ぼっこをしながら体調回復にも努めた。

 失敗して落ち込んだ時も、ログインボーナスと餌のためにゲームを起動したら、モフモフで元気をもらったこともある。

 それが、私の5年間だった。


 ◇ ◇ ◇

 

 私はフェンの首に手を回して抱き寄せた。

 フェンの顔が私の顔に近づき、そっとキスをする。

 唇からフェンの体温が伝わってきて、肌寒さがすっ飛んでいくようだった。


「どう大切なのか……私の言葉でいうと、フェンのことは好き……だよ」

「それは従魔として?」

「ううん、従魔よりも大切な一人のパートナーとして、好きだってことが5年間を振り返ってわかったんだ」


 顔を離してフェンの頬を撫でながら、私は答える。

 フェンは私の言葉に納得したのか、もう一度、唇を重ねるキスをした。

 そのキスに私も唇を押し付けて答える。

 こんなキスは私の人生で初めてのことだった。

 どちらからともなく、体を離し見つめあう。

 フェンの瞳には寂しい色はもうなかった。


「マスターのことは俺が守る。誰からだろうと、何からだろうと、必ず……」

「うん、信じてる」


 照れ臭いながらも、私は微笑みを浮かべる。

 ずっと、お姫様抱っこのままだけど、フェンは疲れないのだろうか?


「そろそろ家に戻らない?」

「そうだな、マスターを風邪ひかすわけにはいかないからな」

 

 フェンは私をお姫様抱っこのまま立ち上がり、湖を後にした。

 部屋に戻ると私をベッドへと寝かせて、今度はおでこにキスをしてくる。

 一度許しちゃったからか、フェンが調子に乗っているのかもしれないが、不思議といやじゃなかった。


「おやすみ、マスター。また明日」

「おやすみ、フェン。また明日ね」


 私は目を閉じて、眠りにつく。

 今日はぐっすり眠れそうだった。

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