第7.5話 「全てを否定された私ができることは……」
■夜のラヴィル村
村の市場も落ち着き、日も暮れた。
それぞれの家に戻った村人達は家族とのだんらんを楽しんでいる。
村人たちの話題は一つ、今日訪れていた薬師リオのことだ。
彼女の持ってきた滋養強壮剤を飲んだ人たちは疲れや、長年の体の痛みなどがなくなり健康的になったのである。
女性の中には疲れが取れたことで肌ツヤが整い、美しくなったものさえいた。
来週の市場が楽しみだと口々に話している村人たちが大半である。
なにせ、一人1本で100本を売った。
それはこの村の二人に一人にわたる計算になっている。
「そこまで計算して売るなんて……なんていう女なの……私の立場がないじゃない!」
そんな村の家屋たちを通り過ぎ、村の外れにある共有井戸に近づいた私は地団太を踏んだ。
昨日、村長のところに行った際に見た時はどこの田舎女かと鼻で笑ったのを覚えている。
だが、彼女の持ってきたポーションは私でも生成する確率が低いほど純度が高く、効果のあるものだった。
疑いたかったが、私の〈鑑定〉スキルがそれを否定する。
今まではあってよかったと思った〈鑑定〉スキルがこれほど憎く思ったことはなかった。
「複製しようとしてもどうしてもできなかった。使っている素材の問題なのか、生成のためのスキルの問題なのか……それに何なの、あの『ジヨーキョーソーザイ』って! あんなものを作るレシピなんて、私は知らない!」
両手で頭を掻きむしり、叫び声をあげる。
周囲に人がいない時間なので、大丈夫とは言え油断はできなかった。
深呼吸をして、落ち着いた私は懐から、紫色の液体を取り出す。
「『ジヨーキョーソーザイ』を鑑定して、成分はわかった。それにだけ反応する毒も作れた。私はあんな女なんかに負けない!」
そう、負けてはいけない。
領主様のいたサンミルスで五本の指に入っていた薬師の私は領主の病を治せず、こんな村まで逃げなければならなかった。
村長と親しくして、村での優位な地位を得ていたのに、あの女がそれさえも奪おうとしている。
「そんなことさせない! だから、この毒であの女を追い込んでやる! 全てはあの女がいなければ起きなかったことだから!」
毒の瓶の中身を井戸へ流し込もうとしたとき、私の体が固まった。
◇ ◇ ◇
ベラベラとしゃべる女だったが、おかげで全てがつながる。
拙者の使るべき主様に勝手な恨みを抱いて、責任を被せようなどと
フェンが言っていた気持ちはこういうことかと、拙者にも理解できる。
〈影縫い〉スキルで女の動きを止め、拙者は女に近いて瓶を奪った。
「あなたは……誰?」
「貴様が知る必要はない……」
瓶を懐にしまった拙者は、女をどうするか考える。
殺してしまっては、主様が悲しむ……こんな外道でもだ。
とりあえず縄で女を縛り、人のいない水車小屋まで連れてくる。
「私を……どうする気なの?」
床に転がされた女は拙者をキッと睨み上げながらも、体を震わせていた。
恐怖を我慢しながらも、強気な姿を緩めない。
こうした目にあったのは今回だけではないのだろう。
「これ以上、主様のことを邪魔しないのであればこのまま、何事もなく生かす。そうでないならば、失踪してもらうしかないな」
拙者は女を見下ろしながら淡々と告げた。
この女がどうなろうと知ったことではないが、主様の気持ちを優先したい。
あの笑顔を守るためであれば、拙者はどんなことでもする覚悟だ。
「主様って……あのリオって女の事? どこぞの田舎娘かと思ったら、いい顔の従者を侍らせて……なおさらムカつくわ!」
女の怒りは恐怖に勝ち、拙者に食い掛ってくる。
腹立たしいのは拙者らの方だが、今この女にいったところで荒れるだけだ。
「それ以上……主様を侮辱するのであれば、命の保証はないぞ」
だが、釘を刺さねばならない。
刺すべきだと、拙者の直感が訴えていた。
「ふふふふ、命の保証ね……ここまで来たらもう、どうでもいいわ。あの女が苦労するならそれでね!」
女は舌を噛んで血を流し、水車小屋から川へと身を投げる。
自殺なのかと拙者は驚き、外を眺めた。
川の中から血が溢れて広がっていく。
どういうことかと考えていたとき、拙者は女の言葉を思い出した。
『『ジヨーキョーソーザイ』を鑑定して、成分はわかった。それにだけ反応する毒も作れた。私はあんな女なんかに負けない!』
毒ができたということは効果を試したということ、つまりは……。
「己の体で試し済みか……敵ながら、覚悟を決めている相手であった」
感心している場合ではない、毒の瓶は手に入れているので、これを主様にもっていって話をするしかない。
拙者は急いで主様のいる我らが家へと向かった。
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