第21話 蛇


 僕たち三人が初めてのお使い――F級の依頼――を終えて、成否報告をするべく黒蛇組の本部へ帰ろうとしていたときだった。


「あ……」


 見覚えのありすぎるが、嫌らしい笑みを浮かべながらこっちへ近づいてきたんだ。うわ、誰かと思ったらあいつらじゃないか……。


「おーい、アルム、久々じゃん!」


「おう、パン屋じゃねえか、遊ぼうぜぇ」


「つか、アルムちゃん。そのバッジ、黒蛇組のやつじゃねえか。本物か?」


 イルク、ラデロ、リッドの三人組だ。パン屋の近くにある商店街で毎日のようにたむろしてる連中なんだ。僕よりも一歳若い学生なんだけど、停学や留年を繰り返してる不良たちでもある。


 パンを配達するとき、どうしてもそこを通らなきゃいけないときがあって、決まってこいつらから口笛や野次を浴びせられた嫌な思い出が蘇ってきた。


「アルム様、この方々は知人なのでござますか?」


「彼らはアルムの知り合いなの?」


「……いや、知り合いってほどの関係じゃないよ。僕がパンを配達してた頃、よく野次を飛ばしてきたやつらなんだ。こんなのに構わなくていいから、さっさと行こう、リリ、ケルン」


 あんまり弱気な態度だとつけ入られると思って、僕はあえてイルクたちに聞こえよがしに強い口調で言ってやった。


「「「おい、待てよ!」」」


「……」


 それが彼らの癪に障ったのか、イルクたちは回り込んで僕らの進路を妨害してきた。いつもは冷やかしてくるだけなのに、今日はやけにしつこいな。さては、リリたちがいるからか。


「おい、アルム。随分冷たいじゃん。知ってるぜ。お前、ユニークスキルを貰ったんだってな?」


「なあパン屋、面白そうだからさぁ、その外れスキルってのをここで披露してくれよぉ」


「アルムちゃん、俺らの仲なんだから、特別にいいだろ?」


「イルク、ラデロ、リッド。いい加減にしてくれよ。僕がユニークスキルを貰ったからって、お前らには関係ないことだろ」


「へへ、まあそう言うなって、アルム。俺たちはさ、黒蛇組の有望株アルム様のユニークスキルってのをここで見せてほしいんだよ。な、ラデロとリッドもそう思うだろ?」


「んだんだぁ。パン屋の倅のくせにケチケチすんなよぉ」


「アルムちゃん、酷すぎ。まさか、俺らを怒らせるつもりなん?」


「……嫌なものは嫌だね」


 僕はきっぱりと断り、彼らの脇を素通りしようとするも、またしても通せんぼをされてしまった。


「わかったわかった。アルム、スキルはもういいから、ちょっとそこのガールフレンドをさ、ちょっと貸してくんね?」


「へ……?」


「パン屋にはもったいねえぺっぴんだもんなぁ」


「な? アルムちゃん、ちょっと遊んだらすぐ返すからさ。いいだろ?」


「……」


 そうか、最初からこれが目的だったっぽいね。スキルの話はきっかけを作りたかったってだけだろう。あまりにもしつこいので、僕はもうさすがに我慢の限界だと思って木剣を抜こうとしたときだった。


「お断りいたします。私は道具ではございませんので」


 リリが強い表情でそう発言したんだ。それに対し、イルクたちはさも意外そうな顔をしてみせた。


「ああ? アホか。勘違いすんじゃねえ。おめーじゃねえよ。そっちのほうだ」


 イルクたちが揃って嫌らしい視線を浴びせたのは、なんとケルンだった。意外、と言いたいところだけど、彼はどう見ても女の子よりも女の子っぽいから、事情を知らない彼らが気に入るのも無理はなかった。


「……ちょ、ちょっと待って。こう見えて僕、男の子なんだけど……?」


「「「なっ……!?」」」


 イルクたちが驚いた顔を見合わせたのち、憤った様子で詰め寄ってきた。


「う、嘘つけ、こんなに綺麗なのに野郎なわけねえよ!」


「そうだそうだ、ありえねえよぉ!」


「試しに、脱がせてやるか!?」


 あまりにもケルンが綺麗だからか、イルクたちは彼が男だってことが信じられずに引くに引けなくなってるっぽい。


「……おい、てめーら、いい加減に怒るよ?」


「「「え……?」」」


 あまりにも意外だった。ケルンが苛立った様子で声色を変え、イルクたちを睨んだんだ。かなり低い声だったような。あんな声も出せちゃうのか……。


 連中の反応はどうかというと、蛇に睨まれた蛙の如く青ざめながら後ずさりしたかと思うと、また舞い戻ってきた。本当にしつこい。


「……い、いや、こんな女みたいなやつに負けるわけがない。ラデロ、リッド、やるぞ!」


「「おぅ、イルク!」」


 身構えたケルンに対し、イルクたちが臨戦態勢を取る。こうなったらもう喧嘩は避けられないみたいだ。


「ケルン、そいつらは僕がやるから」


「いえ、アルム様。私がやります。ここはあなたの家の近くですので、家族に累が及ぶことも考えられます」


「……そ、それはそうかもしれないけど……」


 リリの言葉で僕は前に出るのを躊躇う。ここでイルクたちを打ちのめしても、後日になって家族に報復される恐れも出てくるからだ。


「アルム、リリ、大丈夫だからここは僕に任せて」


「え、でも……」


「本当に大丈夫なのでございますか?」


「うん。こんなやつら、僕一人で大丈夫」


「「「こいつ!」」」


 ケルンの言葉が挑発だと捉えられたらしく、イルクたちが顔を真っ赤にして襲い掛かってくる。


「オラオラオラオラオラオラッ!」


「「「ごっ……!?」」」


 木剣を抜いたケルンがあっという間にイルクたちをボコボコにしてしまった。というか、木剣の軌道があまりにも不規則だと思ってたらそれは【亜手】によるもので、それで相手の足を払ったり鳩尾を突いたりして、その間にケルンが両手でガンガン殴っていた。


「「「――ぐへぇっ……」」」


 イルクたちが折り重なるようにして倒れ、その背中に片足を乗せたケルンが笑顔でブイサインを出してみせる。ダブルピースならず、だ。早業とはまさにこのことだね。


「ケルン、強すぎ……」


「見事でございますね」


「えへへ……。以前はこういうとき、緊張しちゃって何もできなかったんだけどねえ。いつか来る抜き打ちのテストのために、こっそり身も心も鍛えてたんだ!」


「「なるほど……」」


 いくら見習いのままとはいえ、武闘派揃いといわれる黒蛇組に腐ってもずっといただけある。商店街でたむろしてるだけの連中とは格が違った。


 僕たちはそれから成否報告を黒蛇組で行い、一回目の依頼を無事達成させたのだった。

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