第20話 繋がり


「……リリ、ケルン、もうすぐだよ……」


「……もうすぐ、でございますか……」


「……つ、疲れたぁ……」


 僕たち三人が並ぶようにして勾配のきつい坂を登っていくと、父方の祖母、マーヤ・クラインが経営する花屋さん『麗しの丘』が見えてきた。


 タオリアの街では最も高台にあるのは教会なんだけど、そこに次いで高い位置にある店なんだ。


 そんなに長い坂じゃないものの、傾斜が激しいので登り切るのには結構な体力を使う。パン屋で働いてたときもここに届けることはざらにあったので嫌というほど苦痛を味わったもんだ。


 花束を売っている店は、僕が知る限りじゃタオリアの街でここともう一つだけなんだけど、マーヤさんはいつも安く売ってくれるので助かるっていう人だっているんだ。あの心臓破りの坂を登るのが嫌だっていう人も多いんだけどね。


「マーヤお婆ちゃん、お久しぶりです!」


「おや、誰かと思ったらじゃないか! 本当に久しぶりだねえ!」


「「ププッ……」」


「はあ……」


 やっぱり笑われると思ってた。マーヤさんは昔っから僕のことを坊やって呼ぶからね。


「今日は坊やのガールフレンドも一緒なのね。それも、二人も!」


「え、えっと、この二人は僕の友達です……」


「あらあら。坊やったら照れちゃって、可愛いんだから! それで、今日はお花を買いにきたのかしらねえ?」


「はい。あの、冒険者の依頼で届けるための花束を買いに来たんです」


「そうなのねえ。あ、それなら、坊やが独り立ちするってドレイクから聞いてたから、特別に用意してたのをプレゼントするわねえ!」


「えぇ? そんな特別なものを、本当にいいんですか? しかも、他の人に届ける用の花束なのに……」


「そんなの気にしないさ。花っていうのは、巡り巡るものだからねえ。どんなに美しくても花は人間のように相手を選ばないから尊いんだよ。できれば、坊やがそれをじっくり楽しんでから届けてほしいけどねえ」


「あ、はい。是非そうさせていただきます!」


 さすが、マーヤお婆ちゃん。昔は学校の先生もやってただけあっていいこと言うなあ。


「ふふっ。それにしても坊やが独り立ちだなんて、あたしゃ未だに信じられないよ。坊やがここへ遊びに来たとき、毎日のように一緒にお風呂へ入って寝食をともにしてたのを思い出すからねえ。でも坊やったら、途中からホームシックで泣いちゃって、おねしょまでしちゃって……」


「……」


 マーヤさん、なんでそんな昔のことまで語っちゃうかなあ。案の定、リリとケルンが声を押し殺すようにして笑ってるし……。


 そのあとも引き続いて恥ずかしい思い出話をされそうだったこともあり、花束を脇に抱えた僕は、興味津々な様子のリリとケルンの手を引っ張る形で店を後にした。


 いやもう、本当に勘弁してほしい。マーヤさんに悪気がないのはわかるけど、あんまり昔話をされるとタダより高いものはないってなっちゃうから。


 花束を手にした僕たちがその足で向かったのは、10番地にある古びたアパートメント『グランダーハウス』だ。威厳のある建物って意味らしい。


 その2階、35号室へと向かうと、ドアをノックした。すると、やたらと不愛想な感じの白髪の男が出てくる。


「ひっく……なんだ、お前ら? 俺になんか用事でもあんのか?」


「う……」


 しかも凄く酒臭い。まだ外は明るいのに酔っ払ってるみたいだ。花束をあげるのは、本当にこの人でいいのかな? 僕はそう疑問に思って、間違いがないかどうか何度も確認したけど、やっぱりどう見ても35号室だ。


「なんだよ、おい? まさか冷やかしか?」


「……あ、いえ、あなたはローゼンさんですよね? ルギウスって人からこれを届けてほしいっていう依頼で……」


「お、ルギウスからかよ……!」


 その名前を出したことで、花束を受け取った男は怖い顔から一転して驚いた表情に変わった。


「へっ。俺なんかに花束なんざあ、洒落た真似しやがって……。おう、お前ら、ありがとよ。こんなところまでわざわざご苦労だったな」


「いえいえ。依頼ですから。あの、もしよろしければ、ルギウスさんとはどういう間柄なのか聞いてもいいですか?」


「……ん。ルギウスってのはな、『風の通り道』っていう酒場の店主なんだよ。んで、俺はそこの元常連客ってわけだ。あいつと些細なことで喧嘩してから、店には一度たりとも行ってなかったんだけどな。なのに、一体どういうつもりなのか。花なんかには興味もなさそうなやつだったのに……」


 ローゼンさんは憎まれ口を叩くも、花束を見るその顔は和らいでて、なんとなく嬉しそうだった。


 ルギウスって人がどうして花に興味を持ったのかはわからないけど、それを送ったことでローゼンさんの心が少しでも洗われたのなら、それは意味があったといえるのかもしれない。そういえば、あそこは僕の父さんも通ってるんだよね。何か縁みたいなものを感じる。


 最初はただのお使いくらいに思ってたけど、そうじゃなかった。なんだかローゼンさんを見ているとこっちまでじんわりと嬉しくなってきて、僕はリリやケルンと明るい顔を見合わせて頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る