第17話 信頼感


「アルム。脇腹の具合はどうだ?」


「あ、おはよう、シビルさん。まだちょっとだけ痛みはあるけど、大分いい感じだよ」


「……そうか。治りがやたらと早いのも加護の影響かもな。アルム、大事な話があるんだが、ちょっといいか?」


「うん」


 あくる日の朝、僕が目覚めた頃にシビルさんが屋根裏部屋までやってきて、僕のことを真顔でじっと見つめてきた。


 以前は鋭い目つきをしてるからって僕は彼のことを正視すらできなかったけど、今は信頼感があるからかそれが自然にできていた。


「俺は両親の仇を討つために、今まで通り仇についての情報を探してくる。これが俺の日課だからな」


「そうなんだね……。それで、仇についてはどれくらいまでわかってるの?」


「今のところ、そこまで進展してるわけじゃない。ただ、両親が殺された現場には、三つの血痕があった。つまり、両親の血と犯人の血だ。それを探るために、タオリアの街の人間については片っ端から調べている」


「そんなことができるんだ……」


「ああ。俺の知人の中に、流血の必要もなく血の主を調べられるユニークスキル持ちのやつがいてな。一人一人、慎重かつ丁寧に調べてくれている。ただ、奇妙なことにまったく見当たらない……」


「ってことは、犯人はタオリアの街の人間じゃないのかも……?」


「その可能性もあるな。とはいえ、それがわかるだけでも進展だし、詳細が判明するまではそんなにかからないはずだ」


「それなら、僕もシビルさんに協力するよ。どんなことをすればいいかな?」


「いや、アルム。その必要はない。お前はリリと一緒にここに残ってくれ」


「へ……?」


「お前は確かに強いが、基礎がしっかりしてないから危なっかしい。スキルや加護の力だけで戦ってるような状態では長続きしないだろう。なので、それをなるべく使わない形でトレーニングしたほうがいい」


「なるほど……」


 確かに言われてみると、【回転】スキルや【活】の加護に頼り切りな気がする。二つ合わせるとそれだけ強力な効果になるからしょうがないんだけどね。


「ところで、アルムの冒険者ランクはどれくらいなんだ?」


「Fだよ」


「……そうか。まだろくに依頼もこなしてないんだな」


「う、うん。というか、ついこの間まで見習いだったしね」


「ああ、そういえばそうだったな。基礎もしっかりしてない、依頼すらこなしてない。それであのザルバと渡り合えるやつなんて、アルム、この世界ではどこを探してもお前くらいだろう」


「なんだか、褒められてるような、貶されてるような……」


 僕の発言がよっぽどおかしかったのか、シビルさんは少しだけ口角を吊り上げて薄い笑みを見せた。久しぶりに彼の笑った顔を見た気がする。


「おいおい、自分の上司を疑うなよ。これでも一応褒めてるつもりだ。この先、俺の舎弟としてついてくるなら、せめてタオリアのダンジョンへ行けるようになるCランクまで上げてくれないと困る。じゃないと行ける場所も限られるんでな」


「うん、わかったよ。どれくらいかかるかはわからないけどね」


「時間はどれだけかかってもいいから、焦らずにじっくりやってくれればいい。そういうわけだ。リリ、アルムをガンガン鍛えてやってくれ。それと、訓練のついでに依頼も一緒にやるといいだろう」


「はい、シビル様。了承いたしました」


「え、リリが僕を鍛えるんだ……?」


 僕が見た感じ、リリは全然強そうに見えないだけに意外だった。


「ああ。アルムは知らないんだったか。リリはお前と同じユニークスキル持ちだが、こう見えて滅法強い。じゃなきゃ、いくら【超音波】で俺を呼べるといっても、アルムの監視をたった一人に任せられないだろ」


「へえ……そんなに強いんだ。でも、じゃあなんでリリはシビルさんの専用の舎弟になれないの?」


 僕が抱いた率直な疑問に対して、シビルさんがリリのほうを一瞥しつつ複雑そうな表情を見せた。


「孤児仲間だったリリを舎弟にすると、どうしても私情が入ってしまうんでな……。過保護かもしれないが、危険な目にはなるべく遭わせたくない。それに、リリには普通の温かい家族を築いてほしいっていう気持ちもある」


「なるほど……」


「シビル様……」


 シビルさんの気遣いにリリは甚く感動した様子。なんだか嫉妬しちゃうな。子供染みてるかもしれないけど、僕なら危険な目に遭わせていいのかって。ただ、それだけ加護っていうのが強力であり、僕を信頼してるってことを伝えたいのかもしれない。


「そうだ、リリ。相手はアルムなんてどうだ?」


「……え? シビル様、それは一体、どういう意味合いなのでございましょう?」


「もちろん、お前の旦那としてだ」


「「えぇっ……!?」」


 シビルさんの思わぬ提案を前に、僕とリリの上擦った声が被る。


「シ、シビル様……いくらなんでも、それくらいのことは私が決めさせていただきます! 私にも選ぶ権利はございますので!」


「ぼ、僕にもあると思うんだけど……」


「アルム様は黙っていてくださいませ!」


「う……」


 なんで僕がリリに怒られなきゃいけないんだか……。


「そ、そうか、わかった。とにかくリリ、アルムを頼む」


「ええ、シビル様、私がしっかりアルム様を監視、教育いたします! さあ、アルム様、早速訓練の時間ですので、裏庭までおいでなさってください!」


「ちょっ……!? まだ朝ご飯も食べてないのに!」


「そんなものは後にいたします!」


「いや、一応怪我人なんだし、お願いだから後にしないでよ!」


「ダメです!」


「……やれやれ」


 リリが見せつけてきた思わぬ剣幕に、僕だけじゃなくてシビルさんもたじたじの様子だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る