第16話 憧憬


「アルム。俺がまずお前を見て興味を持ったのは、その眼差しだ」


「眼差し……?」


 経験の少ない僕をどうして専用の舎弟として抜擢したのか、その理由についてシビルさんは意外なことを口にした。


「そうだ。アルムの目はまっすぐで純粋だが、それだけじゃない。それがどこまでも突き抜けていて才能を感じさせる分、向こうっ気が強すぎて危なっかしいと思ったんだ。それで世話をする気になった」


「そ、そうなんだ……」


 自分の目についてなんて、全然意識したことはなかった。少なくともシビルさんからはそういう風に見られてたんだね。


「そんな純粋すぎて向こう見ずなところが、昔の俺に似ている気がしたからな。実際、お前はそういう風には見えないのに、覆面の連中に絡まれても最後まで戦い抜いた」


「な、なるほど。でも、あれは加護があったから……」


「加護なんて後付けだ。お前には最後まで戦う気持ちがあった。専用の舎弟にしたのは、その思いの強さに惹かれたからだ」


「……」


 なんだか照れちゃうな。でも、確かにシビルさんの言う通り、あのときの僕は絶対に実家には戻りたくないと思っていた。酒場での父さんの会話を聞いた後だけに、余計に。


「ところで、アルムはどうしてこの世界に入ったんだ?」


「……え、えっと、それは……伝説の冒険者になりたかったから……」


「……くくっ」


「あ、シビルさん、笑ったね!」


「……わ、悪い。でも、アルムは本当に率直だな」


「そんなシビルさんは? 僕と似てるんだよね?」


「俺は……自分で自分を軽蔑するくらい、ひ弱だった」


「へえ。意外」


 シビルさんにはずっと強いイメージしか持ってないけど、それは僕の印象でしかないからね。人はもっと多面的な存在なんだろうし。


「俺は昔から体も弱くて、周りの大人からは墓を用意してやろうかって、孤児院ではよくからかわれたものだ」


「……そ、そうなんだ。っていうか、シビルさんにはそんな事情があるのに、父さんと似てるなんて言ってごめん」


 まさか、シビルさんが孤児院出身だとは思わなかった。なのに僕は父さんと似てるなんて言って、無知っていうのは罪なんだと実感する。


「アルム、気にするな。家庭があるのが普通だろうからな。俺自身、そういう普遍的なものに憧れた時期もあったが、いつしか強さのほうに惹かれるようになった。虫けらが空を見上げるように、俺は惨めな状況からいつか羽ばたけることを願っていた。何者かに両親を殺され、犯人が生きてる間に必ずその仇を討ちたいと思っていたから、余計に強くなることに執着していたのかもしれない」


「……」


「だからっていうわけじゃないが、俺はろくに訓練もせずに喧嘩に応じて負けてばかりだった。ここにいる孤児仲間のリリのほうが強かったくらいで、俺のことをよく庇ってくれたもんだ」


「へえ……って、リリもそうなんだね」


「はい、アルム様、そうでございますよ。私のリリという名も、そこで院長から名づけられたものです。シビル様はいつも強くなるためにと、群れずに一人で戦っていましたから、負けるのは当然でした」


「言うな、リリ。喧嘩にルールなんてない。それに、俺は一人のほうが気楽だったからな。だが、そんな俺に憧れを刻み付けるやつが現れた」


「シビルさんが憧れた人?」


「ああ。リリがいないとき、俺は孤児院の悪ガキどもからリンチを受けて死にかけていたが、そいつらから守ってくれた男がいた。見た目は、がある以外は本当に普通なんだ。どこにでもいるようなやつでな……」


「……」


 どんな人なんだろう? シビルさんは思い出を噛みしめるように目を細めながら話を続けた。


「でも、誰もそいつにはかなわなかった。俺は涙を流した。助けてもらって嬉しいからじゃない。悔し涙だ。なんで俺がそいつじゃないんだって。たまらなく悔しかった……。そして、やつを超えたいと心の底から願った。だが、超えたくても超えられない。そいつを追い越そうとすればするほど、近づいたと思えば思うほど、遠ざかる。そんな男だった……」


「シビルさんがそこまで思うなんて、本当に強い人だったんだね。その人の名前は……?」


「ザルバだ」


「ザルバ……」


 僕が雨の中で戦った【暗殺者】の人だ。あの人も孤児院出身なのか……。


「ザルバは盲目だったが、その強さは抜きんでていた。どこかの貴族の令息と思えるくらい上品な男で寡黙な男だったから、なんでそんなやつが孤児院に来たのか真相はわからないが、あいつはとにかく完璧すぎるやつだった。目が見えないのが唯一の欠点だったが、それすらも視力以外の感覚を鍛えることで完全にカバーできていた」


「ザルバは指先で方向感覚もわかるみたいだね」


「そうだ。戦ったことがあるお前ならわかると思うが、ザルバは目が見えるやつよりも余程見えている。あいつは戦いに没頭するとそれしか見えなくなるが、心根は悪いやつじゃなかった。そういう意味でも強い男だった。だから俺は、外れといわれたスキル【双剣使い】を貰った後も、それを極めてやろうと思った。憧れても追いつけないなら、諦めがつくように、これを極めてやろうって思ったんだ。そんな俺を鍛えてくれたのが、組長のベリアスさんだ」


「なんで組長が?」


「俺の父さんが、この黒蛇組の若頭だったそうだ。しかも、親友同士だったらしい」


「えぇえ……!?」


 非業の死を遂げた親友の子なら、そりゃ援助したくもなるよね……。


「そういう縁もあって、組長は両親を殺された俺をずっと援助して支えてくれた。ザルバを超えるために、両親の仇を討つために、黒蛇組に入ってベリアスさんに恩を返すために……俺は死に物狂いでタオリアのダンジョンに通い、血反吐を見るくらい戦い、気づけばレベル2になっていた。明らかに身体能力が上昇し、世界が変わるのがわかったんだ……」


「……」


 僕はシビルさんが辿ってきた軌跡を前にして、もう言葉も出てこなくなっていた。それでも、想いだけはしっかりと伝わったのか、体中がじんわりと熱くなるのがわかった。

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