第18話 木っ端微塵


 舎弟頭のシビルさんから指示された通り、舎弟の僕は寮の裏庭で使用人のリリと実戦の訓練をする流れになった。


 もしそこで誰かに襲撃される等、何か異変が生じるような出来事があればすぐにリリが【超音波】スキルを使い、シビルさんに知らせる手筈になってるんだとか。


「「……」」


 裏庭の中心付近にて、少し距離を置いて向かい合う僕とリリ。どちらも大怪我を避けるために木剣を使用することになっている。


「それではアルム様、いつでもかかっておいでください」


「いつでもか。言ったね?」


 木剣を構えたリリが無表情で自信満々に言い放つもんだから、僕はちょっとだけむっとした。


 まあ確かに、見た感じだと隙は見当たらない。それでも、【回転】スキルや加護を使わなくても難なく倒せるはずだ。なんせ僕には、パンの配達で毎日のように鍛えた足腰や持久力があるわけだから。


「リリ、覚悟しろっ……!」


「フンッ」


「え……?」


 僕が振り下ろした木剣はリリにあっさりと躱され、肩に衝撃が走った。


「アイダッ……!?」


「アルム様、あまりにも攻撃が雑ですし、見え見えでございます。そんな稚拙な攻撃では私に当てることなど一生できませんよ」


「い、言ったな……クソッ。今のは、たまたまだっ!」


 僕はリリのほうへと迫りつつ、木剣で払ったり突いたりと色々やってみるけど、どれもこれも当たるどころかその気配すらなかった。本当に、まるで攻撃を読まれてるみたいに軽々と回避されちゃうんだ。


「……はぁ、はぁ……な、なんで当たらないんだよ……?」


「そんなもの、当たるわけがございません。アルム様、腰も引けておりますし、肩にも大分力が入っております。当てよう当てようとして、さらに力んでおられます」


「……り、力んじゃダメなの?」


「もちろんでございます。力むことによって視野が狭くなり、動きも鈍るからです。力んで良いことなど一つもございません。力を抜いてください」


「……う、うん。念のために聞くけど、リリはスキルとか使ってないよね?」


「はい。まったく使っておりません」


「う……」


 即答されてしまった。シビルさんの言う通り、消耗の激しいスキルや加護に頼らないというのが条件ではあるけど、今や僕の自信は木っ端微塵だ。


【回転】スキルと【活】の加護のおかげとはいえ、レベル2で【双剣使い】のシビルさんや【暗殺者】のザルバと互角に渡り合ったことで勘違いしちゃってたのかもね……。


「――こ、こんなはずじゃ……」


 それから僕は何度もリリに挑戦したものの、一度たりとも勝てなかったし、攻撃を当てることすらできなかった。


 彼女の言う通り、踏み出す際に力むのではなく力を抜くっていうのを実践してるつもりではいるんだけど、それを意識すると余計に力んじゃうんだ。今までやってきてないんだからしょうがないとはいえ、基礎の大切さっていうのを思い知らされる。


「アルム様。剣の腕はまだまですが、初めのほうと比べたら動きは大分よくなっております。力みをいきなり消すというのは難しいので、最初から完璧にはやろうとしないほうがよろしいですよ」


「なるほど……それじゃ、もう一丁!」


 それから僕は何度もリリに立ち向かっていったけど、そのたびに体中が痛んで痣ができるだけだった。


「――はあぁ……」


 まさに、完膚なきまでに叩きのめされたって感じだ。なんかもう、まったく相手にされてなくって、まるで子供扱いされてるみたいなんだ。情けないし悔しいしでもう嫌だ……。


「アルム様、もう終わりでございますか?」


「……あ、そうだ、リリ。試しにスキルありで戦ってみようよ」


「ダメです」


「なんで? スキルを使わなかったらリリが強いってのはわかってるんだし、一回くらいならいいじゃん。リリってケチだね」


「ケチで結構です。あまり我儘を仰るようであれば、ここにシビル様をお呼びしますよ? あの方は怒ると本当に恐ろしいので、アルム様はさぞかし後悔なさることでしょう……」


「ゴクリッ……」


 それは困る……っていうか、シビルさんは僕と戦ったとき、あれでも手を抜いてたんだっけ。レベル2ってどれだけ強いんだろう。そりゃザルバも強かったけど、シビルさんも底知れないものを感じる。


 それ以降も、僕はリリに鍛えられてしばらく立てなくなるほどだった。


「……リリ、もう無理だよ……」


「ふふっ。お疲れのようでございますね。私の監視から逃れた罰としては、これでもまだまだやり足りないくらいですが」


「リリ……まだあのことを根に持ってるんだ。執念深いんだね」


「それはそうでございます。今思い出しても腹が立ちます。それまでにも色んな方々の監視を頼まれましたが、初めて出し抜かれたのですから! こうなったらもう、あのようなことがないように、アルム様に恐怖を植え付ける必要があるのかもしれませんね?」


「……きょ、恐怖を植え付けるって、何をするつもり……?」


「こちょこちょの刑をせねば……」


「え、えぇっ……?」


 なんか僕、余計なことを言っちゃったみたいだ。両手の指を滑らかに動かすリリの目が凄く怖い。てかこれ、絶対普通の擽りの刑じゃない。滅茶苦茶手慣れてそうだし、かなり危ないやつだ……。


「こちょこちょこちょこちょこちょ!」


「う……ひゃああぁあぁぁあああっ……!?」


 僕はリリのこちょこちょの刑の餌食にされてしまった。いや待って、これやばすぎる、本当にやばいやつだ……あ、もうダメ。死んじゃう……。

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