第14話 虎視眈々


「では、参る」


 ザルバと名乗った人物が、そう一言発したかと思うと静かに距離を詰めてきて、一定の間合いから剣を突き出してきた。レベル2のシビルさんに比べると明らかに遅いし、何より距離が離れているから当たるとは思えない。


「これくらい――え……?」


 僕はそれを見切って体を後ろに逸らし、難なく躱したはずだった。


 脇腹に強い熱と痛みを感じて、見るとザルバの剣先が僅かに突き刺さっていた。


「ぐぐっ……そ、そんな……」


 刺された箇所が見る見る赤く染まっていく。相手は目を瞑っているにもかかわらず、僕との間合いを恐ろしいほど正確に把握していた。油断してたわけじゃないけど、【回転】スキルを使用してればよかった。というか、もし首や心臓を刺されていたら終わっていた……。


「次こそは、致命傷を与える」


「うぅ……」


 ザルバの冷静沈着な言動に僕の体が震える。この人の力量はシビルさんと同程度か、それよりも強いのかもしれないと本能的に思わせるものだった。


 でも、僕だって冒険者として成り上がるって心の中で誓ったばかりなんだ。いつの日か家族に立派になったところを見てもらうためにも、こんなところで終わるわけにはいかない。やられてたまるものか……。


 僕はそうやって内心で己を鼓舞したのち、ザルバに対して勇気を持って近づき【回転】スキルを使用する。


「転、回……?」


 ザルバの両目が驚愕で見開かれたのち、体が猛烈に回って戦闘不能に――と思ったのも束の間、その体とは既に距離が2メートル以上離れていて、数回程度回転したのち止まった。


 つまり、効果範囲外まで離れたことで回転の効果が薄らいだんだ。やつは目が見えないのに、僕がスキルを使うタイミングまでわかるっていうのか? だとしたら、なんていう感覚の鋭さなんだ……。


【暗殺者】スキルの効果もあるだろうし、盲目であることで視力以外の感覚が異常に鍛えられてるのかもしれない。だとすると、いくら【活】の加護を持っていても普通に戦ったら勝てる見込みはゼロだ。


 だったら……これしかない。僕は自身の体に【回転】スキルを使うとともに、ザルバに向かって突っ込んでいった。普通ならどう見ても自殺行為だけど、僕には特別な力があるから話は別だ。【活】という加護があるからこそ、回転力という名の結界に守られる格好になる。


「回、転……?」


 ザルバが攻撃を仕掛けてきたものの、それが悉く弾かれるのがわかる。それだけじゃない。攻撃のたびに顔をしかめ、体を左右に投げ出されるような動作を見せていたんだ。


 当然だ。この状態では、レベル2のシビルさんでさえ何もできなかった。激しく回転するものに手を突っ込めば、攻撃者はそれだけの代償を支払うことになる。


 もちろん、異常な回転力を纏ったまま動くことでその分制御が難しくなるのか、スピードが通常よりも弱まるっていうデメリットもあるけどね。あと、スキルを使い続けることになるので、気力の消耗がとにかく激しい。でも、欠点らしい欠点はそれくらいしか見当たらない。


 さあ、今度はこっちが反撃する番だ。僕は相手がバランスを崩したところで、回転力という鎧を装備したまま攻撃を仕掛ける。体勢が崩れたときに少しでも命中すれば、その時点で地面に叩きつけられて戦闘不能だ。


「くっ……」


 そんな僕の計画は脆くも崩れ去ってしまった。どうやってもザルバに攻撃が当たることはなかったんだ。その間、やつは武器を持たないほうの左手の指を微かに動かしていた。最初は挑発をしてるのかって思ってたけど、僕の攻撃を躱す間、常にやっていたからおそらく違う。


 まさか、感覚に加えて神経の集まる指先で微風をも感じ取り、それで僕の攻撃を回避してるっていうのか……? でも、そうでもないと説明できないくらい、ザルバは目を瞑っているとは思えないほど、僕の攻撃を見事に躱し切っていたんだ。


「はぁ、はぁ……」


 ダメだ。脇腹から出血している上に【回転】スキルを使用しすぎたのか、息が上がってきた。それでも、【回転】スキルを維持できなくなったら、その時点で僕は【暗殺者】ザルバの刃にかかり、息の根を止められてしまうだろう……。


「滅滅、滅……」


「くうう……」


 剣による打突を何度も弾かれながらも、虎視眈々と僕の命を狙ってくるザルバが、人間ではなく死神の類に見えてくる。


 まるで、回転の速度が少しずつ弱まってきていることをじっくりと見極めているかのような、つかず離れずの落ち着き払った動作。その呟きが遥か遠くに感じるほど、僕は意識レベルの低下を実感していた。


 でも、まだだ。まだ終わるもんか。どんなに劣勢であっても、最後の最後まで立っていた者が真の勝者であり強者なんだ……。


 こうなったら、一か八か、捨て身の攻撃を敢行してみるのもいいかもしれない。


【回転】スキルを一時的に解除することでスピードを得て、その緩急で相手の懐に飛び込み、大きな攻撃動作を見せるが実際には攻撃しない。つまり、隙だらけと見せかけて相手の攻撃を呼び込み、自身への【回転】スキルを復活させようってわけだ。


 そうすることで相手は好機と見て止めを刺そうとしてくるも、回転に大きく巻き込まれて地面に叩きつけられるはず。


 どうせ死ぬんだったら、一縷の望みに賭けてやろうじゃないか。相手がバランスを大きく崩した瞬間を狙ってやる。


「……」


 僕は今にも意識が千切れるような疲労感と戦いながら、そのときが来るチャンスを辛抱強く待った。おそらく、やつを倒せる機会はほんの一瞬しかない……。

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