第13話 窮鼠


 そこは、黒蛇組の本部から少し離れた場所にある、蔦で扉や窓すらもほぼ覆われた一階建ての建物。窓から微かに見える内部も薄暗く、蝋燭の灯りが殺風景な部屋の一部を明るく照らしていた。


「畜生……」


 そんな荒涼とした建造物へと、フラフラとした足取りで髪を逆立てた若い男が入っていく。その胸部には黒蛇のバッジが光っていた。


「おう、ギトじゃねえか。随分と遅かったねえ……って、そのひでえ面はなんなんだよ」


「……カイさん、すんません。ご覧の通り、クソミソにやられちまいました……」


 眼が線になるほど顔が腫れあがったギトに対し、呆れ返ったような顔を見せるのはシビルと同じ舎弟頭のカイ・グロースであった。


「おいおい、ギト。まさかお前、やつと戦ったのか? お前如きがレベル2のシビルに勝てるわきゃねえだろ。やつの動きを監視して、見つかったらひたすら逃げるだけでよかっただろうに」


「いや、戦ってねえですよ。逃げに徹してこうなったんです! シビルのやつ、滅茶苦茶しつこくって。逃げる途中、【眼光】スキルで動きを封じようにも、すばしっこくて中々姿を見せねえし」


「だったらよぉ、ギト。あれほど俺がシビルの弱みを突けって言ったじゃねえか。あいつは冷酷に見えて情を捨て切れねえやつだからな。砂を撒くとか人混みに紛れて逃げるとかやりゃあいいのよ。俺がいつも言ってやってることだが、目的のためなら手段を選ぶな」


「いや、カイさん。それも言う通りにちゃんとやったっすよ。んで、ようやく撒いたかと思って安心して飯食ってたら、いつの間にかやつが背後にいてこうなりやした。まるで蛇みてえなやつですよ……」


「ったく、ギトは使えねえし甘いねえ。ま、時間稼ぎしただけマシか。アルムについての報告なら、お前と違って超有能な舎弟から聞いたし、あとはあいつに任せろ」


「……カ、カイさん、まさか、アルムの件をザルバに任せたんですか!?」


 ギトの顔から血の気が引いていく。


「おうよ。俺の右腕のザルバの力量なら、アルムが本当に加護を持っているのか、実際に戦うことで確かめられるだろう。もし加護持ちだって判明したなら、いずれシビルから奪い取ってやるだけなんでねえ」


「け、けど、ザルバは一度戦い出したら止まらない戦闘狂っすよ。それだけで済むかどうか……」


「ああ。下手したらアルムを殺しちまうかもしれねえが、その程度の実力だったら加護なんて紙屑同然だし、部下としてはいらねえのよ。無能な働き者はギトだけで充分なんでねえ。ヒヒッ……」


「そ、そんな。カイさん、ひでえっすよお……」


「まあよぉ、あのシビルが目つけてるんなら間違いなさそうだがなあ。やつが必死になってるのがその証左ってわけよ。敏腕のザルバに加護持ちのアルムまで加えたら、俺はまさに両手に花状態ってわけだな。そうなりゃ、シビルも俺に屈服せざるを得ねえ。この三人を従えりゃ、若頭どころかよぉ、いずれは組長の座も狙えるねえ……」


「カイさん、部下なら俺もいるっすよ……」


「あぁ? ギト、お前はその辺で寝てりゃいいのよ」


「はあ……」


 顎髭を撫でながら下卑た笑みを浮かべるカイを前に、ギトはひたすら屈辱と無力感を味わうしかないのであった。




■□■




「……」


 背筋がゾクリとするような、それでいてジメっと湿った感じのとても嫌な感覚を僕は味わっていた。


 実家から屋根裏部屋へと向かう途中。ちょうど、空から雨がぽつぽつと降ってきたタイミングだった。これって、まさか誰かに狙われてる……?


「う……?」


 鋭利な刃物で抉られるかのような、そんな角のある視線を背中に感じた僕が振り返ると、3メートルほど先に見覚えのない一人の人物が立っていた。


 両目を瞑り、細長い剣を杖のように持って立ち尽くした黒尽くめの人物。


 全体的にすらっとしていて端正な顔立ちで長い髪を持ち、男なのか女なのかも判別できない。まるで生気を感じさせず植物のように身動き一つせず静かに佇んでいて、それが不安を一層掻き立てるのだった。


「……だ、誰なんだ……!?」


「袋のネズミは、常に抜け道を探す」


「え……?」


「私の名はザルバ。【暗殺者】の者なり」


「あ、【暗殺者】だって……?」


【暗殺者】スキル持ちといえば、文字通り殺し屋を請け負う者が多いと聞く。ただ、その仕事の過酷さゆえに、続けられる人間はほんの一握りであるそうだとも。ということは、このザルバっていう人は僕を殺しに来た……? っていうか、胸には黒蛇組のバッジがあるんだけど……。


「く、黒蛇組の仲間同士なのに、僕を殺すつもりなのか……?」


「……アルム。私の体を通してお前の力を試させてもらう。もし、お前に力がなければ闇に葬られるのみ」


「え、ちょっと待って。聞いてないんだけど……!?」


 この組、仲間に殺し屋を差し向けてくるなんて、一体何がどうなってるんだ。


「問答無用」


「くっ……」


【暗殺者】のザルバが目を閉じたまま剣を構えたので、僕もそれに反応してロングソードを抜いた。この人、盲目なのかな? それとも、手を抜いてるだけ? というか、こうなったらもう戦うしかないのか……。

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