第10話 献身的


 屋根裏部屋を無事に脱出した僕は、分厚い雲から覗く柔らかい朝陽を受けながら、目一杯の力で走っていた。


「……はぁ、はぁ……」


 息が切れそうになったので走る速度を微妙に緩めたけど、それでもかなりの距離を走ってきたと思う。これなら、あの後リリにすぐ勘付かれたとしても、簡単に追いつかれるような心配はないはず。


 僕はそれからも無理しない範囲でゆっくりと走り続け、ようやくタオリアの街の高台に聳え立つ教会が見えてきた。そこへ続く日の当たる石畳とステンドグラス、影に染まった建物群の対比がとても美しい。


 何よりも久々に外を走ったのが心地よくて、疲労感よりも充実感のほうが遥かに上回っていた。パンの配達をずっとやってきたことで、筋力や持久力が鍛えられてることも功を奏したんじゃないかな。


 今日も、教会の周辺はスキル付与を待つ人たちで朝から一杯だった。もちろん、その中には巡礼や相談が目的の人もいるんだけどね。少ないだろうけど、僕もその一人だし。


 それにしても、あのときの期待と不安が入り混じったような、新鮮かつ複雑な気持ちを思い出すなあ。【回転】スキルを貰った直後は落胆したけど、今となっては神父のモーズさんにどれだけ感謝してもしきれないくらいだ。


 やがて自分の順番が回ってきて、僕はモーズさんの待つ付与の間に入る。その奥にある祭壇越しに僕を見たモーズさんは目を細めた。


「これはこれは……あなたは、外れスキル――い、いえ、ユニークスキル持ちのアルムさんですね。お久しぶりです」


「はい、モーズさん、お久しぶりです!」


「お元気そうで何よりです。あれからスキルを活かした仕事は見つかりましたか?」


「黒蛇組に入りました!」


「ほうほう、あのならず者……いえ、武闘派揃いの組に入ったんですね。それで、本日は当教会へなんのご用件でしょうか?」


「これを見てほしいんですけど……」


 僕はギルドカードをモーズさんに手渡した。


「おや、これはギルドカードですね。ふむふむ……ん、これは……」


「やっぱり、驚きましたよね……」


「も、もちろんです。えっとですね。アルムさん……」


「は、はい……」


「何も見えないですぅ……」


「あ……!」


 そうだ。ギルドカードには覗き見防止機能がついてるんだった。つまり、僕以外にはカードの情報を見ることができないわけで……。


「ご、ごめんなさい! それじゃ口頭で述べます。僕、加護を貰っちゃったんです」


「なるほど。加護ですか……って、加護おおぉっ!?」


 それまで穏やかな表情だったモーズさんが、両目をカッと見開いて顔を近づけてきた。ちょっと……いや、かなり怖いと思ったのは内緒だ。


「ど、どのような加護を貰ったのでしょう?」


「それが、【活】っていう加護を貰ったんです」


「【活】……?」


「はい。スキルは強化されたんですけど、詳細まではわからなくて。この加護は具体的にどのような効果だと思いますか?」


「えぇっと、それはですねえ……おそらくですが、スキルの効果が大幅にアップするものと思われます!」


「……それだけですか?」


「いえ。【活】には文字通り幅広い意味があり、様々なものを活かすことができるはずです。もしかしたら、違う視点で使ってみると良いことがあるかもしれません」


「違う視点ですか。なるほど……」


 モーズさんの丁寧な説明を聞くと合点が行くし、良い人だから面と向かって不満は言いたくない。それでも、詳細がわかるかもって期待してただけに、少しがっかりしたっていうのが正直なところだった。


「正直、加護自体が非常に珍しいため、種類や詳細については私のような神父でも判然とはしないのです。ただ、大司教様ならもしかしたら……」


「えぇ……!?」


 彼が最後に発した言葉を聞いて、僕は狭まっていた視界がパッと開けるような感覚がした。


「そ、その方はいらっしゃるんですか?」


「そうですね。大司教様は当教会へ参られることもありますが、普段は王都のほうにおられますからね。もしこちらへ参られたら、アルムさんの加護について助言を頂きますよ」


「はい、是非お願いします!」


「もちろんです。その際は、アルムさんの現住所は黒蛇組の本部でしたか、そちらのほうへお手紙を送りますね」


「助かります!」


 僕はモーズさんに感謝しつつ、その献身的な姿勢を見て内心で反省していた。たとえ収穫がなかったとしても、神父さんと久しぶりに話ができただけでもよかったと思わないとね。


 ただそれでも、失礼なんだけどどうしてもやっておきたいことがあった。


「あの、モーズさん、最後に一つだけいいですか?」


「はい、アルムさん、ご用件はなんでしょう?」


「回してもいいでしょうか?」


「……えぇ、別に構いませんよ」


 モーズさん、さすがに顔色はあまり変化しなかったけど、ちょっと間があったな。そりゃ加護で格段に強化されてるんだから回されるのはためらっちゃうか。でも、僕が本当に加護を貰ったのかどうか肌で実感したいっていう気持ちも見え隠れする。


「本当にいいんですか? 加護でかなり強化されてますよ?」


「大丈夫です」


「それなら、遠慮なく!」


「ま……回りゅうううううううううううううううぅっ……!」


「ははっ……」


 モーズさん、いつもより多めに回るどころか、滅茶苦茶回ってる。なんだか楽しくなってきた……って、この辺でやめなきゃ失神しそうだと思って逆回転して止めたけど、もう遅いみたい。余韻で頭の中まで回ってるのか、彼はしばらく立ち上がることさえできなかった……。

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