第9話 用意周到
『どうも初めまして、アルム様。私はシビル様から命じられ、今日からあなたのお世話をすることになった使用人のリリです。今日からよろしくお願いします』
『え、ちょっと……?』
「……」
僕は酷くげんなりしていた。こんな風に一方的な宣言をされたのは、ちょうど三日前のことだ。屋根裏部屋を訪れてきたポニーテールの不愛想な少女から、僕は一日中ずっと監視されてしまう羽目になったんだ。
最初は押しかけられる格好だったので戸惑いつつ、可愛い子にお世話されるんだからラッキーくらいに思った僕がバカだった。
この屋根裏部屋のすぐ下で彼女は住むことになり、定期的に梯子を上ってきて僕の部屋の様子を見に来るんだ。その周期がやばくて、一体いつ寝てるのかって思うほどだった。
そんな使用人のリリが言うには、シビルさんの許可が下りるまでは絶対に外に出ちゃダメなんだって。
もし彼女自身に何かあれば、ユニークスキルの【超音波】を使い、シビルさんに知らせがいくんだとか。リリ本人が僕に顔を近づけながら威圧するようにそう脅してきたので間違いないんだろう。
なので、僕が許されている行為といえば、ただ食事したりトイレに行ったり、家族やナナは今頃元気にしてるかなって思いながら、ぼんやりと窓の外を見たりするだけ。なんとも窮屈だし退屈すぎる。
何もしないっていうのは、多忙と同じくらいしんどく感じるんだって、嫌というほど思い知らされた格好だ……。
僕は思い切って、下の部屋にいるリリに声をかけることにした。
「あの、リリ。ちょっとだけ散歩してきてもいいかな?」
「ダメです」
「3分だけでいいから」
「逃げる恐れがあるのでダメです」
「はあ……」
顔色一つ変えずに即答されてしまった。折角シビルさんの専用の舎弟になれたっていうのに、どうしてこうなった?
もしかしたら、加護の件が関係しているのかも。あのとき、僕との戦いを誰かに見られたことで、シビルさんが僕を守るために動いているのだとしたら……。
それならもう少しここで待つべきだとは思うんだけど、考えすぎだっていう可能性もある。誰かに見られたって言ってたのはシビルさんの嘘で、これは僕の忍耐力を鍛えるためにやってるだけかもしれないし。
なんにせよ、ここまで来たらさすがに我慢の限界だ。何より、僕はどうしても知りたかった。ナナから貰った【活】という加護がどういう効果なのかを。そうすれば、今よりももっと強くなれるような気がしたから。
レベル2だから仕方ないんだけど、シビルさんが手を抜いて戦ってたって聞いて悔しかったし、いつか彼のようになりたいって強く思ったんだ。
もちろん、加護について詳しく知りたいっていう欲求がある程度で、黒蛇組から逃げようとは思わないし、僕を唯一の舎弟にしてくれたシビルさんの厚意を裏切るつもりなんて毛頭ない。
よし、覚悟を決めた。すぐに屋根裏部屋へ戻ることが前提で、ここからこっそり抜け出して教会へ行こう。
ただ、リリって子は凄く厳しいっていうか勘が良さそうなので、余程のことがない限りすぐにバレてしまいそうだ。うーん、何か良い手はないかな……って、そうだ。良い方法がある。僕は一つの解決策を見出していた。
■□■
「アルム様、おはようございます。朝食のお時間です」
リリがトレイを片手に、アルムの住む屋根裏部屋へと上っていく。
「……」
そこにアルムの姿はなかったが、ベッドにかけられた毛布には明らかな膨らみがあり、しかも微妙に蠢いていた。
「アルム様?」
「……ごめん、リリ。食べるのはもうちょっと寝てからにするよ。その辺に置いといて」
「かしこまりました」
リリが梯子を下りて数分後、思い出したように素早く舞い戻ると、屋根裏部屋の様子を入念に確認する。
これは常に用心深い彼女の習慣でもあり、実際に今まで一度も監視した者を逃した経験はなかったのである。
「……」
ベッド上の毛布の中身は依然としてもぞもぞと動いており、リリはそれを確認後にうなずいたが、最後のチェックを忘れなかった。
「アルム様。どうぞ、冷めないうちにお食べください。返事がなければずっとここにいます」
「わかってるって。眠くて眠くて。あと5分でいいから……」
「はあ……ごゆっくりお休みください。それでは」
■□■
「……ふう」
どうやら上手くいったみたいだ。リリが屋根裏部屋を再度確認してきて、満足したのか梯子を下りていった。僕はそれを見届けて素早くベッドの下から出ると窓から脱出した。
それでも毛布の中身はしばらく動いてるだろうから、バレる心配は当分ないと思う。
なんでかっていうと、僕がずっと前からこの状況での【回転】スキルの活用方法を思いつき、中にあるものを入れて回転させてたんだ。実際に現物を見たらびっくりするはず。
それは最初のほうは【活】の加護の影響もあって激しく回ってたけど、今ではゆっくりと惰性で回ってて、あたかも寝相の悪い人間が中にいるかのようだった。
さあ、ひとまずリリを欺けたことだし、ひとっ走りで教会を目指すとしよう。
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